ある朝、80歳の生徒さんから
「何のために韓国語をやっているのか、
わからなくなってさ」と
電話がありました。
その一言が、私に
「学ぶ意味」や「生きること」
について考えさせてくれました。
8ヶ月ぶりのブログです。
前回の更新は、昨年の7月でした。
時間の流れの早さに、少し驚いています。
久しぶりの更新になりますが、
今回は韓国語学習の内容ではなく、
最近あった、ある出来事について
書いてみようと思います。
サークルの前日、朝7時20分。
4月で80歳になられる
最高齢のヨシダさんから、
お電話がありました。
「あのさ、自分が何のために
韓国語をやっているのか、
わからなくなってさ…
病院にも通っていて、
薬も飲んでいてさ…
畑もめっちゃくちゃになって・・・
自転車もあっちこっちぶつけて
壊れてさ・・・」
その言葉には、
これまで積み重ねてこられた時間と、
少しの迷い、
そして
どこか寂しさのような
心痛いようなものが
感じられました。
前回のサークルでは、
韓国のトイレの張り紙にある文章を
覚えてくる、
という宿題がありました。
念のため、
大きめの文字で
韓国語と意味を書いた紙を
ご自宅に届けた際、
奥さまより
「最近、少し物忘れが増えてきていて…」
と伺っていたこともあり、
気になっていました。
宿題を覚えることが負担になり、
気持ちが落ち込んでしまったのかもしれない。
そんなふうに感じることもありました。
また、ここ2年ほどで、
目に見えて
体重が減っていらっしゃることもあり、
体調の面でも、
ずっと心配していました。
ヨシダさんは、
韓国ドラマが好きというわけでもなく、
いわゆる“推し”がいるわけでもありません。
韓国語を始めたきっかけは、
ロシア語を勉強していた時に出会った方から
「韓国語は簡単だよ」と聞いたこと。
それをきっかけに、
サークルに通いながら、
ご自身のペースで、
コツコツと学びを続けてこられました。
もし、
「もう十分やった」
と思われたのであれば、
それもまた、
一つの大切な選択だと思います。
ただ、もしその奥に、
気力の揺らぎや、
言葉にできない不安が
あるのだとしたら――
私は、
そっと寄り添いたいと感じました。
しんちゃんの韓国語は、
「韓国語で幸せを振りまくチャレンジ」
をしています。
大きな目標や理由がなくてもいい!
ただ、その時間が
少し楽しかったり、
誰かと笑えたり、
「今日も来てよかった」
と思える瞬間があるなら、
それだけで、
十分に意味があると信じています。
ヨシダさんに、
自分は何ができるのだろうか。
そう考えながら、
あらためて
「幸せとは何か」
「生きるとは何か」
そんなことを、静かに問い直しました。
韓国語が、誰かにとって
ほんの少しでも、
心を温める存在になれたら。
これからも、
一人ひとりと丁寧に向き合いながら、
その時間を
大切に届けていきたいと思います。
そしてもし、
「何のために学んでいるんだろう」
と感じる瞬間があったら、
その時は、
ぜひ一度
お話を聞かせてください。
