
慎吾が近所の公園でボールを足首に乗せる練習をしている時だった。後ろから声がした。
「おい、慎吾? 慎吾じゃないか」
昔のサッカー仲間だった。慎吾はドキっとした。あの事故以来、慎吾は引きこもりになったと噂を流した連中だ。表面では頑張れ、立ち直れと言っていたが、影で「もうあいつはおしまいだ」と言っているのを耳にした。それから慎吾は人を信じなくなっていたのだ。
「なんだ、サッカー復活したのかよ。すげえなあ。エースストライカーだったもんな。怪我、治ったんだ」
「おい、今、どっかの会社に所属してるのか?」
「てか、自宅療養してるって聞いてるけどな」
興味本位の質問が矢継ぎ早に飛んでくる。慎吾の心の窓が、またバタンと閉じようとしている。ボールを脇に抱えて、下を向いた。
「何か言えよ。どうしたんだよ」
体育会系のいかつい奴が声を荒げる。こんな奴らと一緒にサッカーをしていた自分が馬鹿みたいに思える。こぶしを握ると、桃香の艶やかな声が頭の中ではじけた。
"慎ちゃん、強くなんなよ。負けてない?"慎吾は顔を上げて3人の男達をキっと睨んだ。
「今はフットサルをしてる。こいつと離れる事はできないって思ったから」
ボールを手のひらの上に乗せてスっと彼らの前に差し出した。
「お前らもフットサルやれよ。試合を挑むよ。絶対負けない自信がある」
3人は、黙って顔を見合わせる。
「……へえ……そうか。ま、いつかフットサルやろうや」
「あ、ああ。いいね、フットサル……」
その場を繕う言葉が続く。
「じゃあな、慎吾」
3人は背中を丸めて立ち去った。
「おにいちゃーん、ボール、おねがいしますー、そっちに転がったあ」
小学生の男の子がサッカーボールを追いかけて走って来た。
コロコロ転がってくるボールを足で止めて、
「おにいちゃんも練習に混ぜてくれよ」
と慎吾は笑った。
「ほんと? 教えてくれるの? おにいちゃんプロ選手でしょ」
男の子がニカっと笑う。
「なんで、プロなんだよ?」
「立ってるだけでわかるよ。ボール持って立ってる姿がチョー様になってる。ただ者じゃないって感じ」
「おもしろいこと言うなあ。チーム名教えてくれよ」
慎吾はボール二つを両手に抱えて男の子と歩き始めた。
(続く)
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作者:二松まゆみ