主夫ライター 突破口の生活 -29ページ目

行徳で博多屋台の味

2013年10月4日(金) 81.0 2426


朝起きると、どうしても散歩に行ってしまう。生前は面倒な日もあったが、今となってはかけがえのない時間だったと思い知る。


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今日も、黙々と仕事を片付け、腹が減れば食事をした。


昼食は松屋の牛丼。味噌汁つきで280円は嬉しいが、この価格はいつまで続くのだろうか?


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ヨメが直帰で早いのと、明日は土曜日なのとで、夜は外食する。


行徳で最近開店したばかりの「本物のやきとん筑前屋」。店はかなり広いのだが、僕らが帰る頃にはほぼ満席になっていた。チェーン店と思われるが、お酒が出るのは早い(チェーン店のほとんどが遅い)。


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昭和のハムかつ、期待通り! こういうのは期待を超えられても何だかなので、ベストです。


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焼きとん。「本物」を「僭称」するだけあって、実際うまい。新橋の平均よりも美味い。


焼き鳥も食べたけど、こちらは普通。ただ、僕は焼き鳥にはうるさいので、普通ならかなりいい。ただ、行徳の焼き鳥名店、千人力、大好き、大ちゃんなどには負ける。


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何よりも、行徳で焼きラーメンが食べられるのが嬉しい。ただ、僕が博多に行ったときにはまだ知らなかったので、実は食べたことがない。本当にこの味なのだろうか?


博多では生卵につけて食べる人もいるらしいが、それでちょうどいい塩辛さだった。ただ辛過ぎて食べられないというほどではなく、ビール、サワー等が程よく進む辛さ。ということで仕上げとうよりはつまみですな。

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第1回 飼うなら不幸にしたくはない

1999年10月26日火曜日。秋晴れの気持ちのいい日だったのを憶えている。


僕たち夫婦は、愛車マツダデミオに乗って、行徳のとあるペットショップに向かった。先日市川市内のペットショップを軒並み回った僕は、ここで柴犬のオスの子犬を見つけたのだった。


名前はもう決めていた。コジロー。僕たちはオスの柴犬を飼おうと思っていた。


店に着くと、目当ての子犬はいなかった。店員に聞くと、もう売れてしまったのだという。


市川市内で生体を扱っている店は少ない。僕の調査では、当時はここを含む3軒だけだった。飼う気満々だった僕たちは、他の店に行くことにした。


目当ての子犬以外の記憶は曖昧だったが、他の店でも柴犬を見かけたことだけは憶えていた。まずは八幡にある店を目指す。最初にいった店と同系列で生体がたくさんいるからだ。


こちらでは柴犬はいなかった。残りはもう一店。市川IC近くのコルトンプラザの中のペットショップだ。


行ってみたら、1匹だけいた。ガサツで痩せたオスの柴犬だった。月齢は3ヶ月弱。


値段が安かった。8万8千円。普通は10万円以上する。訳ありなのか?


ただ、軍手に布を詰めたもので盛んに遊んでいる様子がとても可愛らしかった。この姿にやられてしまった。妻が思わず「カワイイ!」と言った。


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▲コジローのお気に入りだった軍手のおもちゃ


だが、ここで、僕たちはためらった。


当時僕は神経症で、会社に2ヵ月の休暇を申請していた。その休暇が明けたら、もちろん復帰するつもりでいた。


妻は、会社を辞めて、臨床心理士になるために大学院の心理学科に社会人入学していた。学業とバイトで忙しい。この日はたまたまバイトが休みだったのだ。


僕の休暇は1ヵ月半ほど残っていたが、その後は二人とも留守勝ちになる。


こんなんで犬が育てられるのだろうか。


いったんファーストフードを買いにいき、外のベンチで僕は広島焼き、妻は焼きそばを頬張りながら、僕たちは葛藤した。


ペットならネコという選択肢もあった。ただ、子猫はとても可愛いけれど、成獣はそれほど可愛くない。僕たちには犬のほうが合っているように思った。結局、あの柴犬を飼うか、今回はペットはあきらめるかどちからだという結論になった。


13時にペットショップに戻る。店員に頼んで抱かせてもらうことにした。消毒液で手を洗ってから、僕たちは順番に子犬を抱っこした。


毛並みは多少パサパサしていたが、ぬくもりとやわらかさが僕たちの心を捉えた。


もう一度店を出て、ようやく飼うことに決めたのだった。


1ヵ月半あれば、基本的なしつけができるようになるはず。そうしたら留守番もできるようになるだろう。それに賭けることにした。


「絶対不幸な子にはしたくないよね」と二人で誓った。


後で思ったこと。コジローはたぶん僕たち以外には買い手がつかず、殺処分にされていただろう。目当てだった子犬が売れていたことは、コジローにとっても、そしてコジローからたくさんのものを受け取った僕たちにとっても幸運だったのだ。


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3日目

2013年10月3日(木) 80.6 2156


コジローがいなくなって3日目。まだ慣れない。日課である朝の散歩に一人で出かけた。


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うろこ雲。すっかり秋だ。


食欲がなくなったのが7月中旬。あの猛暑に耐え切った。涼しくなったら回復するかもしれないと思っていたのに、秋になったとたんに死んでしまった。


歩きながら涙が止まらなくなる。


ヨメが、もうコジローの火葬も終わったから、コジローの遺影を飾ろうと言う。戸棚に空きを作って、そこに祀った。


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いつまでも嘆いてばかりいられない。コジローだって本意じゃなかろう。


今日やるべきことのリストを書き、黙々と取り掛かった。


昼食は、中華料理屋のラーメンが食べたくなり、近所の独一処餃子で五目ラーメンを食べた。


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昼食を食べに行く前から体調がおかしくなった。何だか力が入らない。無理をせず寝ることにした。


夕方回復。


久しぶりにまともに夕食を作った。


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山芋ステーキ、マグロとアボカドのユッケ、ほうれん草のおひたし。大して手間はかかっていないが、料理ができたことに満足。


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はじめに

1999年10月26日に我が家にやってきた愛犬コジローが、2013年10月1日の早朝に息を引き取りました。


コジローが来たとき、僕は神経症で会社を休んでいました。


大手ITベンダーに勤めていた僕は、某レンタルショップのネットショップを作る仕事でプロジェクトマネージャをしていたのですが、これが大変でした。社内外に10を数える利害関係者がいて、僕はその真ん中で調整に追われていたのです。


僕は、マネージャには向いていないタイプです。一人で抱え込んでしまうのです。一方で、部下から見たら、仕事を丸投げされていたように感じていたのでしょう。こういうときに一番関係を強化しないといけない部下たちとの間に隙間風が吹いてしまい、僕はチーム会議の途中で泣き出してしまいました。


当時メンタルヘルスという言葉が普及して始めた頃で、僕も鬱病等について多少の知識は持っていました。何かの記事に、会社で突然泣き出すのは相当やばいと書かれていました。僕は早退して、精神科クリニックに行きました。抑鬱神経症というのが診断名でした。僕は2ヵ月の休暇が必要との診断書を書いてもらいました。


仕事のプレッシャーだけではありませんでした。同じ年の9月末に、分譲マンションではありますが、マイホームに引っ越したばかりでした。多額のローンを抱えたことも、たぶんプレッシャーになっていたのだと思います。


幸いなことに、ペット飼育可のマンションでした。癒しを求めて犬を飼うことにしたのです。


その後、転職をし、独立をした僕には厳しい時期が続きました。苦しさのあまり、妻にも感情をむき出しにしてあたってしまったことが何度もありました。妻も苦しかったはずです。


その間、僕たち夫婦をずっと支えてくれたのがコジローでした。


僕たちはコジローからたくさんのものをもらいました。コジローの最期まで、ずっともらい続けました。


僕は独立してから約2年間、客先に常駐する仕事をしていました。その頃、コジローが一度死にかけたことがありました。妻が専業主婦というタイプではなかったので、僕はそれ以来、できるだけ家にいられる仕事をすることにしました。客先常駐の仕事では結構な報酬をいただいていましたが、それを捨てて、コジローと家にいるほうを選んだのです。


それぐらい思い入れがあったので、コジローが死んだらペットロスで苦しむだろうなあと思っていました。


これを書いている今、コジローが死んで3日目です。ペットロス緩和のために、2007年からネコを飼い始めたりもしたのですが、やっぱり軽いペットロスのようです。ちょっと気を許すと、涙ぐんでいる自分がいます。


でも、いつまでも悲しんでいても、コジローがあちらで辛い想いをすることでしょう。


ペットロスから開放されるには、思い切り泣くのがいいようです。なので、コジローの思い出が風化する前に、コジローと僕たち夫婦の14年間のことを書こうと思いました。


毎日毎日、コジローと僕たち夫婦の思い出を綴っていこうと思います。僕は書きながら、必ず泣くでしょう。そして、書き終わったときにはもう十分泣いたと思えるでしょう。


この文章を書き終えたときには、僕はペットロスから立ち直っているはずです。


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コジローのいない朝、そしてネコに叱られる

2013年10月2日(水) 80.6 2156


約14年ぶりのコジローのいない朝。


それでも散歩に出かける。


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ぽつんと独り。生い茂った草を見ながら、最後のほうのことを思い出す。コジローはたぶん気持ち悪かったのだろう、盛んに草を欲しがっていた。でも、吐かれると脱水症状が進むので心を鬼にして食べさせなかった。今はもう、好きなだけ食べていいんだぞ・・・。


帰ってから、遺影に餌をやる。固形の餌を最後に食べたのが8月18日だった。19日からは注射器で流動食を食べさせてきた。ドライフードは昨晩やったので42日ぶりだった。今朝は昨晩より量を増やし、大好きだった栄養補助食ニュートリカルもたっぷり入れた。


それから長文のブログを書いた。コジローが死んだ日の日記だ。


http://ameblo.jp/sigmor/entry-11626081152.html


書いている最中にコユキがよってきた。「コジローは死んだけど、知ってたか?」と聞くと、少し寂しげにうつむいた。たぶん分かっているのだろう。


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書き終わってから、市川市役所行徳支局にコジローの死亡届を出しに行った。こうやって一つずつけじめをつけていく。


犬のステッカーをはがすのもけじめだ。


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帰りに西友により、惣菜をたくさん買う。今日も昼から飲みながら供養だ。昨日はヨメがいたが、今日は独り。いや、コジローと二人。


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昨日は、告別式の後に親戚で集まって食べるようなものをイメージした。今日はコジローの好物が中心だ(僕しか食べないものもあるが)。


コジローが子犬の頃、僕らは何でも食べさせていた。コジローはアイスとマヨネーズが好きだった。肉や魚は生よりも火を通したものを好んでいた。


コジローがいよいよダメになったら、好きなものをたくさん食べさせてあげようと話し合っていたものだったが、いよいよダメなときには何も食べられなくなる。結局やれなかった。だから、今やる。


Kindle版の『ブラックジャックによろしく』が全巻無料なので、すべて読んだ。


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命について考えさせられた。今の自分には響きすぎた。


こちらの誤操作で、『新ブラックジャックによろしく』の8巻を買ってしまう。中途半端なので、こちらは全部買い、寝るまでに全巻読んでしまった。「新」のほうはちょっと設定もストーリー展開も不自然だった。最初のシリーズの人気がすごかったので、作者としては気が進まなかったが、編集部が無理やり書かせたということだろうか? そうは言いながら、続きが気になって、結局最後まで読んだわけだが。



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夕方も独りで散歩に行く。思えばいつの間にか秋になっていた。


あの猛暑を乗り切ったのになあ。僕は涼しくなったら快方に向かうと思っていたのだけど、涼しくなったとたんに死んでしまった。


帰ってから、また餌をやる。


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「マテ」をして、線香に火をつけ終わってから「ヨシ」と言う。当たり前だけど餌は減らない。


などと感傷に浸っていたら、コナツがやってきて、しきりと鳴く。ネコの世話を忘れていた。


慌ててトイレを掃除し、餌をやったら、コユキに思い切りにらまれた。


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その様子を見て、今日はじめて、心から笑えた。「死んだ者より生きてる者を大事にするニャア」と言われたみたいだった。


ヨメが帰ってきてからこの話をしたら、「いるいる。死んだ子供のことばかり考えて、まだ生きている兄弟の世話ができなくなる母親が」と言われた。実際メンタルケアの現場では問題になっている話らしい。


晩御飯は昼の残り。たくさん食べられるということは幸せだ。


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生涯で一番長い1日

注意!!!)今回は、犬の死体の写真がたくさん出てきます。こういうものにショックを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、私としては人にショックを与えるのが本意ではありません。もし、ショックを感じそうであれば、今回は読むのをご遠慮いただければ幸いです。


2013年10月1日(火) 81.1 1747


明け方コジローが弱弱しく鳴く声で目が覚めた。


6時半ごろ、ヨメが風呂場で粗相したコジローのお尻を洗っていた。今日は特にウンチのにおいが臭い。


7時半ごろ。ヨメが会社に出かける準備をしていた。薬と食事はやったのかと聞いたら、やっていないと言う。朝の薬と食事はヨメの分担なのだが、ここ数日寝不足なのでヨメも疲れているのだろう。代わりにやることにした。


薬は自力で飲めないので、水に溶かして注射器でやる。食事も同様。ミキサーにかけて注射器で飲ませる。今日からは餌と同量のぬるま湯と混ぜろとの指示だった。


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薬を水に溶かせているときに、間違えて同じ薬を2つ入れてしまった。食事を作るときに、ぬるま湯でなく水を入れてしまった。何をやっているんだろう俺。自分が嫌になる。


このとき、ついついコジローめんどくさい・・・と思ってしまった。僕も疲れていただけだったのだが、一生後悔すると思う。


薬をやりにいったら、様子が変。


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口を空けようとも抵抗しようともしない。どうも息をしていないようだ。ゆすっても軽く叩いても反応がない。


もし死んだのなら、体を洗っていたときにはまだ生きていた。ということは、僕が7時ごろに朝飯を食べていた頃だろう。そう思うとやりきれない。


慌ててヨメを呼んだ。


ヨメが見ても一緒だ。ただ、細く息をしているようにも見えなくはない。病院で診てもらうまでは分からない。可能性は限りなくゼロだけれども・・・。


病院に誰かいるかと思って電話をしたら、誰もいない。8時ごろ歩いて病院へ行ってみたが、鍵がかかっていて、インタフォーンも呼び鈴もないので、あきらめて一旦家に帰る。


8時半ごろようやく電話が通じる。息がない、診てもらいたいと言ったのだが、雨だし連れてこなくてもいいという。いや、でも、それではけじめがつかない、車で行くと言ったら、では来てくださいと言う。院長が休みのときに診てくれている女性の先生だったと思う。彼女も見るに忍びなかったのだろう。


9時ごろ病院に着いたら、休みのはずの院長が来ていてくれていた。ヨメと二人で感激し、お礼を言った。


死亡宣告が下された。まったく望みがなくなった。ここにきてようやく死んだことを受け入れる決心がついたのだった。


死に化粧をしてくれた。体を粉シャンプーで洗ってくれた。口と肛門に綿を詰めてくれた。


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目が痩せて小さくなり、そこに目やにがたまっていたのもきれいに洗い流してくれた。


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何だか、まだ生きているみたいだ。死ぬ直前よりも元気そうだ。


院長が弔いの方法を教えてくれた。業者も紹介してくれた。市川市でも弔ってくれることも教えてくれた。


家に帰って、二人でもう一度弔った。


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線香を上げ、数珠を手にかけて、拝んだ。線香が消えるまでこうしていた。


結局、市川市で共同火葬と共同埋葬をしてくれるというので、それをお願いすることにした。本当に偶然だが、年1回の合同慰霊祭を10月の第1日曜日にやるという。今週末だ。コジローは知っていたのだろうか? もちろん知るはずもない。でも、知っていたとしたら、すごい犬だ。最期までお利口な犬だった。


コジローを車に乗せて、火葬場のある市川市クリーンセンターに連れて行った。事務所で手続きを済ませて、死体を引き取ってくれる場所に行った。


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コジローがお気に入りだったクッションも一緒に納めた。


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焼くところまで一緒にいられると思い込んでいたのだが、違っていた。このまま預かると言う。最後にコジローの体に頬を摺り寄せて、お別れした。


帰りの車の中で、ヨメが「私たちコジローを置いてきちゃったね」と泣き始めた。考えて見ればそのとおりだ。何となく違和感を感じていたのだが、これではゴミ捨て場に捨ててくるのと変わらないと気づいた。


とはいえ、市川市を恨む気持ちはない。ペットの埋葬までやってくれる自治体は全国でも珍しいのだという。最後に預かってくれた清掃局のおじさんも本当にいい人そうだった。本当にありがたいと思っている。


でも、こんな風に別れるとは確かに想像していなかった。焼いてお骨をもらうところまでは、たとえ数万円取られようが民間の業者にお願いすべきだった。その後、市の霊園に埋葬をお願いにいけばよかった。


お墓を立てるのはためらわれた。別にお金がもったいないからではない。僕らには子供がいない。僕らが死んだあと、誰もコジローを供養してくれない。なので、市の共同埋葬はベストの選択だと僕は思っている。


ただ、お骨にするところまでは自分たちでやるべきだったと、それだけが心残りなのである。


帰ってから、夫婦でお別れの会をやった。


まずコジローの遺影を作った。


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2006年11月3日に房総に遊びに行ったときの写真だ。この頃、既に左目が緑内障に冒されていて見えなくなっていた。でも、一番凛々しいと僕が思っている写真だ。


遺影を前に線香を上げながら、法事のときのように寿司をつまみ酒を飲みながら、コジローの思い出話をしようと思っていたが、ヨメが遺影だけはやめてと言う。


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コジローが、最後に寝たきりになっていたサークルをしばらく片付けないでほしいと言うのがヨメの願いだった。そこにまだコジローがいるのに、遺影は悲し過ぎると言うのである。

なので、遺影の前に線香を上げ、食事を並べている写真だけ捕り、遺影と線香は片付けた。


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夫婦で泣きながら、コジローの思い出話をした。小さなゴミ箱とティッシュの箱を手元において、僕らは語り続けた。


コジローが我が家にやってきたのは、1999年10月26日。月齢3ヵ月になる直前だった。僕はそのとき神経症を患って自宅で療養していた。


ペットOKのマンションに引っ越して1ヵ月ぐらいだったので、犬でも飼うかという話になった。体のほうは問題なかったので、買ったばかりのマウンテンバイクに乗って、市川市中のペットショップを回って、めぼしい犬を探していた。


僕は柴犬が欲しかった。マンションの規則ではギリギリのサイズだが、僕の中ではなぜか犬といえば柴犬だった。この日、柴犬を置いていた市川市のペットショップは1軒だけだった。


ちょっとがさつでやせこけた犬だった。欲しい気持ちでいっぱいだが、二人とも働いていて留守勝ちである。どうしようかと二人で散々悩んだが、軍手を口に咥えて引っ張っている様子が可愛いというヨメのセリフが決め手となって、飼うことにした。これがコジローだった。


小さな段ボール箱に入れてもらって、車で家に連れて帰った。帰ってきたら、コジローが泡を吹いていた。慌てて水を飲ませたら、落ち着いた。可愛かった。ヨメは今でも、このときのコジローのことを一番憶えているという。


子供の頃はがさつな犬で、壁紙は引っかくは、会社から支給された携帯に噛み跡をつけるは、散々だった。当時僕は歯軋りの治療のために、歯医者にマウスピースを作ってもらっていた。5千円もした。朝になると外れていることが多い。外れたそれをコジローが噛み千切っていた。2回連続で噛み千切られたので、マウスピースによる治療はあきらめた。その後犬歯が磨り減ったので、歯軋りは治ったのだけど。


その後、しつけ教室にも行った。それ以来、多少はマシになり、病院の待合室などでは賢いですねえと言われるようになった。


思い出話を書いていたらキリがない。忘れないうちにどこかでまとめたい。


ヨメはこう言った。「しげちゃんが一番辛かった14年間を一緒に過ごしてきた犬だったね」と。でも、夫がダメなのである。ヨメに対して感情を吐き出したことも何回あったか分からない。ヨメもいろいろと辛かったはずだ。夫婦ともコジローに支えられてきたのだった。

遺影に線香を上げ、コジローがずっと食べていたドライフードと水を供えた。


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今年の7月中旬から、コジローはあまり餌を食べなくなった。その頃に一応食べきったので、新しいドライフードを買った。それがほぼ丸々残っている。栄養補助食のニュートリカルも同じ頃買い、これも丸々残っている。全部なくなるまで、お供えを続けようと思っている。


夕方、コジローと散歩した道を一人で散歩した。もうコジローはいないのだけど、あたかも一緒に散歩をしているかのように、コジローがいつもおしっこした場所で立ち止まり、ウンチしそうな場所で立ち止まった。コジローをつないで一服していた場所で、もういないコジローの幻を見ながらコーヒーを飲んだ。


頭の中のコジローは、片足を思い切りあげてシッコをし、見事なウンチングスタイルで太くて硬いウンチをした。一服している間に毛玉を吐くための草を食べた。


帰ってきて、顔を洗って、鏡を見た。まぶたが真っ赤になっていた。泣きはらすとまぶたが痛くなるなんてことをこの歳になって初めて知った。


子供の頃から泣き虫で、いい歳になっても男なのに良く泣いている僕なのだけど、まぶたが痛くなるなんて本当に初めての経験だ。


心にぽっかりと穴が開いている。14年分の穴だ。埋まるんだろうか。埋めなきゃいけないんだろうか。


どうしたらいいのかは今はさっぱり分からない。


ただ、いつまでも悲しんでいてもコジローが浮かばれないのは間違いないだろう。


だったら帰ってきてくれよと詮無いことを思いながら、今だけは悲しみに浸りたい。


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333営業塾の将来について打合せ

2013年9月30日(月) 80.1 2804


朝、333営業塾のメルマガを書いてから、コジローを病院に連れて行く。先週末から立てなくなった。病院の床で寝そべりながら、診察を待つ。


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院長によると、いつ呼吸が停まってもおかしくない状態とのこと。でも、まだ可能性はゼロではないと思っていた。


コジローを病院に預けてから、家に帰り、今度は自分軸のメルマガを書く。昨日、取り戻した初心について書いた。


昼食は、はま寿司で済ます。


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15時から中野で打合せ。


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中野サンプラザの西のほう。これが中野というような雰囲気。まあ、中野ブロードウェイは変わりないのだけど。


生類哀みの令で有名な犬屋敷の跡があった。


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コジローみたいな犬の像があって、ウルウルした。

会っていたのは、組織営業コンサルタントの庄司充さんと我が333営業塾塾長吉見範一さん。


庄司さんのネット集客戦略の相談に乗った後、333営業塾の新たな方向性について打合せする。


その後、泰陽飯店で懇親会をしながら、さらに打合せ。



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これからが楽しみだ。

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初心を思い出した

2013年9月29日(日) 79.6 2448


コジローが寝たきりになって、3日目。夜中に鳴くので、寝不足だが、それを恨む気持ちはない。寝不足でもがんばるだけだ。


今朝も、“ベッキートースト”と名づけた食べ物を食べて、せめて体だけでも元気を目指す。


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午前中は、午後のセミナーの準備。


12時家を出て、駅前の松ちゃんで天玉そば。


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こうやって写真が並んで、卵ばっかり食べていることに気づく。

自分軸セミナーはドタキャンもあって、3名の参加者。集客に失敗したわけだが、コジローの件もあり、力が入らなかった。


だが、おかげで濃密な時間になり、僕も初心を思い出すことができた。


しばらく続けていこうと思う。


懇親会は、参加者のある社長と二人きり。場所は、東陽町のいけす道場魚家。

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こちらも濃密な4時間だった。


コジローの病気のことを知っていて、こんなところで飲んでいて大丈夫かとしきりに心配してくださったが、危篤状態でもないし、僕も気が紛れるので、逆に付き合ってもらう形になった。


今日参加してくださった方々は、全員”仲間”と言える方だ。“仲間のためにできることをする”というのが、僕の「自分軸」の根本原理だ。さっき取り戻した”初心”とはこのことだ。仲間のためにがんばろうと改めて思う。


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いよいよか

2013年9月28日(土) 80.5 1588


ヨメは昨晩から熊本に出張。

夜中中コジローが鳴くので寝不足。どうも痴呆の症状が出てきたようだ。


8月30日に取材した事例の図版作成依頼が来たので、午前中にこなす。


その間、洗濯もする。コジローが粗相するので洗濯モノだらけ。


昼食は、昨晩のお好み焼きの残り材料を使ったソース焼きそば。


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午後は寝不足が祟って寝てしまう。


夕方、起き出して、風呂掃除をし、家に独りでいても鬱々するので、大ちゃんに飲みに行く。


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うに、中トロとも480円。


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鳥ひも。店によっては、ハツオチとかハツモトとも言う。あれば必ず頼む品。


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レバーと鳥玉ねぎ。たれで。


帰ってから、コジローの世話をする。


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昨日は一筋の希望を感じたのだが、一瞬だった。便はやっぱり下痢気味だし、餌も食べない。何よりも寝たきりになってしまった・・・。いよいよなのだろう。


ヨメが10時過ぎに帰ってきた。正直ホッとする。


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ヨメのみやげの純米焼酎川辺と馬刺しのくんせいをやりながら、コジローの話をする。


この後、夜中に何度も起こされた。


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一筋の希望

2013年9月27日(金) 80.5 2487


何だか腹が減っていたので朝食を取る。メニューは、先日いいともでベッキーが紹介していたマヨネーズで土手を作って、その中に卵を落として焼くトースト。マヨネーズが程よくこげて美味い!


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朝から気になっていた仕事をいくつか片付ける。


メルマガを発行してから、コジローを病院に預けに行く。もう歩けないので、ずっと抱っこだ。写真を撮るのも忘れた。


ヨメは今日、明日と熊本出張。土曜日の代わりに掃除をするため午前休。ご飯を炊いて、鯖の水煮缶と卵納豆をメインに昼食をとる。


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午後も仕事の続き。昨日のセッションのまとめをし、30日に呑みながらする打合せの資料を作る。


夕方コジローを迎えに行く。ステロイドの処方でお腹の調子は良くなりつつあるが、それなのに食欲がますますなくなっていて、ぐったりしている。


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夕食は一人なので、お好み焼きを思いっきり食べるという暴挙に出た。2~3人前はある豚いかミックス。


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食べ切った。しばらくお好み焼きはいい(笑)。


実は焼き始めたところで、コジローが遠吠えのような感じで吼えた。何度も続くので、病院に電話したら「危ないかも」と言われた。慌てて、連れて行くと、「これならまだ大丈夫」とのこと。意識朦朧の中、吼えただけで痛いとかいうことではないらしい。とはいえ、いつ急変してもおかしくない。


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その後、また鳴いたので、夜中に起きた。ウンチとおしっこを洩らしていた。ウンチがやわらかいが固まりだった。一筋の希望が見えた。

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