短篇物 ×「憎いですよ」 | 螺久我記

螺久我記

創作小説、螺久我記(らくがき)を書いております。
名前の通り落書きのようなものですので、軽く読んでもらえれば嬉しいです。

随時、加筆目論見中。

※診断メーカーにて、お題小説。


「憎いですよ」
昨夜、彼女の言った一言が、頭の中で鐘のように鳴り響く。
僕は、このアパートの一室に住み始めた当初から在る、天井の小さい染みを見つめた。
彼女は、一体どういった思惑でその言葉を発したのだろうか。僕は、何か、彼女の神経に触るようなコトをしでかしてしまったのだろうか?
昨夜の彼女との談笑(少なくとも、僕はそう感じていた)を思い返してみる。彼女の小さい口から零れた言葉の一字一句、僕の心をどこか安心させてくれる彼女の表情、毎日観察日記をつけたいくらい愛らしさのある彼女の仕草…今度は、ちゃんと細部まで。

けれども、やはり、成果を得ることは叶わなかった。僕は頭の後ろで腕を組み、ベッドに仰向けで寝転がると、枕元に置いていた小説を手に取る。この本は、僕が今まで読んできた物の中で1番気に入っている作品だ。とある高校生達の日常を書いたもので、ネットでの評判を見る限り、それなりにファンがいるようだ。僕もその中の1人というわけである。何度も読みかえしてよれよれになったページを何とはなしにめくる。

そこで僕は、本の文字が読みづらくなる時間になっていることにようやく気付いたのだった。
手に取っていた本を元の場所に放り投げ、部屋の電気をつける。人工的な白い光が、人間が生きていくために必要な最低限の家具を照らす。部屋の無機質さが余計に強調された気がした。

「憎いですよ」
再度、彼女の言葉がこだまする。もしこれが、僕に向けられたものだとしても、こんな呪いの言葉一つで揺らぐような精神は持ち合わせていないので、どうということはないのだが、僕はむしろ、彼女自身が心配だった。
もし、彼女が自ら発した言葉に罪悪感を感じてしまっていたら…。それは、非常に由々しき事態である。
僕は、彼女に常に綺麗でいてほしい。綺麗なまま笑っていてほしいし、綺麗なまま怒ったり、困ったり、泣いてほしい。彼女に、罪悪感なんていう不純物はいらないんだ。
といっても、本当に僕の事を憎いというのなら、それはそれでとても嬉しい。僕に本当の気持ちを伝えてくれたということなんだから。

コンコン、と玄関の扉が声をあげる。
「語部先輩、いますか?」
彼女だ。昨日のことなど何も無かったかのような澄んだ声が、扉の向こうから聞こえてきた。
玄関に向かいながら、今日一日考えていたことを、全て頭から出力(アウトプット)する。綺麗な彼女と会うには、自分もできるだけ綺麗でいたいと考えたからだ。
僕は、満面の笑みを顔に描き、彼女を迎えた。


ーーーーー「憎いですよ」了