「品」と「質(しつ)」 | 【芝刈道楽】探球日誌

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『GDOブログから引っ越してきました』

生来の運動音痴がゴルフの虜に・・・。

ギア道楽にはまりつつ、芝刈りとボール探し(探球)の日々。



   ゴルフの道は遠く険しい・・・・・・でも楽しい!! ・・・・・最近チョット脱線中。

とある方からのコメントを読んで、ふと思った次第。

ISO9001の認証が流行りだした頃から「Quality」を「品質」として
言葉が歩き出したように思います。
さらに、ISO9001は、主に製造業に適合するものとして「物づくり」
に特化したようなイメージも強かったかと思います。

「品」という文字は「物品」と書けば「もの」と「しな」ですね。
なんとなく、「形あるもの」をイメージする感じです。
一方で、「上品・下品」や「品格」というように、物に限らず、
人のナリや行動を表す言葉にも使われると思います。

ところが、

ISOや、その昔流行った「QC活動」で、「Quality Control」という
言葉が「品質管理」となり、やたらと製造物完成品の出来栄えに
傾倒していったようにも思います。
無駄なく、素早く、ゴミを減らしつつ、高度な完成品を仕上げる。
「結果が全て」、「終わり良ければすべて良し」という具合に・・・。


確かに「もの」の「質」は確保されたでしょう。


さて、「ひと」の「質」は?。


「ひと」の考え方や、行動、立ち居振る舞い、言動、エトセトラ。
そういったものの「質」は置去りにされてきたような気もします。
さらに言えば、「ひとの心」の「質」も。


「品質」も「質」も同じこと。
単なる「言葉遊び」かもしれません。

「Quality」のコントロールを、品質の管理ではなく
単純に「質」の「良し悪し」の管理だと考えると、もう少し広い
意味で捉えられるのではないでしょうか?。

「ひと」の「質」については、つまるところ「教育」しかないので
しょう。「教育」は一夜漬けでどうにかなるものではありません。
手間ひまかけて、じっくりと育てていくしかないものです。

疎かにしてきたツケは、払わなければいけないのでしょう。
たとえ、失った時間の数倍の時間がかかろうとも。

じっくりと、コツコツと。