ナリ会津カントリークラブ | ゴルフ場探訪記 in 福島

ゴルフ場探訪記 in 福島

震災と原発事故で大きな打撃を受けた福島県のゴルフ場、様々な歩みを体験リポートする。

ナリ会津カントリークラブ

2014年9月3日


ナリ会津カントリークラブは1992年(平成4年)、「会津河東カントリークラブ」としてオープンした。

猪苗代湖畔を抜け磐梯山の麓へを車を走らせると、白亜の建物が突如に現れる。クラブハウスと隣接するホテルだ。立派な建物だ。ホテルからは磐梯山を一望できる。

車をこの豪華な建物につけると、誰もいない。セルフでゴルフバッグを運んでくださいという張り紙がある。フロントの明かりも落としてある。節電しているのだろう。人件費を徹底的に切り詰め、節約に努めている様子がうかがえる。豪華な建物との落差を感じてしまう。


このゴルフ場ができた時、会津地方は一大レジャー基地の造成に沸いていた。

「会津フレッシュリゾート構想」である。ゴルフ場は会津フレッシュリゾート構想の一翼を担う施設だった。

このため、町と共同で開発が練られた。一年を通して楽しむことができるよう、宿泊施設も併せ持つレジャー基地として整備された。
「会津フレッシュリゾート構想」は1987年に造られた「総合保養施設法」いわゆるリゾート法に基づいて指定を受けた。全国で最初に指定を受けた3か所のうちの一つである。


リゾート法は働きすぎの日本人にゆとりのある生活を定着させるためといううたい文句で始まった。そして、リゾート産業で国の経済を発展させるはずだった。様々な余暇活動を楽しめる場所を民間事業者に整備させて、活性化を図る一石二鳥のスキームのはずだった。


クラブハウス しかし、リゾート法の成果は特に見るべきものが少なく、環境破壊や需要を無視した計画の弊害だけが目立っていった。そこに、バブルの崩壊が追い打ちをかける。全国に展開した42箇所に及ぶリゾート構想の夢は、今様々な顔に姿を変えた。


会津河東カントリークラブは経営母体の変遷の中で、「ナリ会津カントリークラブ」と名前を変えていた。


「ナリ会津カントリークラブ」という名称は「会津河東カントリークラブ」を買収したのが韓国の中堅ゼネコンだったためだ。

買収したのはソウルにある清光(チョンガン)である。清光は清光は当時経営していた河東観光開発から株を取得、傘下におさめた。2007年(平成19年)のことだった。


それまでは鈴縫観光が経営をしていた。鈴縫観光は茨城県の中堅ゼネコン 鈴縫工業(茨城県日立市)の子会社である。しかし、鈴縫観光は鈴縫工業の資本系列から離れ、単独経営になってから、厳しい環境にさらされることになる。預託金の返還とゴルフ人口の減少が追い打ちをかけた。

2004年(平成16年)に鈴縫観光は民事再生法を申請して打開策を図ることになった。

そして、同年10月、鈴縫観光は会社を分割して河東観光開発を新設、会津河東カントリークラブのコルフ場とホテル事業に関する資産を新会社の「河東観光開発」に継承させた。


そして、時を経て、2007年 韓国の中堅ゼネコンが所有するゴルフ場となったのだ。


ナリ会津カントリークラブの特徴は易しいゴルフ場であることだ。JGAのコースレートが低いやさしいゴルフ場のランキングで、福島県では第一位である。コースレートは67.1だ。コースレートが低ければ易しく高ければ難しくなる。ベストスコアを更新したければ、こんなコースが狙い目だろう。


コース2


なんといっても、距離がない。全体的にフェアウエイは狭いが距離が短いために無理に飛ばす必要がない。左右のぶれさえなければ好スコアが見込める。



粋人
粋人はエメラルドコースで1バーディ3ボギーの38のスコアで易しいゴルフ場の恩恵を十二分に受けた。


名人は常日頃、飛距離が出ないとぼやく癖がある。しかし、この日は飛距離は苦にならない。「このくらいならパーオンできる」と強気であった。しかし、バンカーの罠にはまり、三度(サンド)叩いても出なかった。だが、この位の距離ならばと、あくまでも強気であった。

名人











巨匠はパターの勝負強さで定評がある。しかし、この日はその面影なし。

巨匠 パットには量保存の法則があるという。

同伴競技者が最初に長い距離を1パットを沈めると、それより近い距離にある残りの人のパットは少しずつ入りにくくなるというのだ。通常一人が2パットすると4人のパーティの場合は2パット×4人で8パットだ。通常1ホールは8つのパットが定量とされている。だから、先に1パットの人が続けば続くほど、あとの人は定量のトータル8パットを満たすだけ打ってしまうというわけらしい。これは距離には関係ない。

こころの問題とも思えるが・・・・・
この日の巨匠はまさにパットの量保存の法則を体現したかのようだった。近くに寄せながら、ボールは無情にもカップをするりと逃げていった。

巨匠は「カップ一杯の幸せ」だという。ワンパットの幸せは一杯分しかない、誰かが味わったら、もう残ってないということらしい。


挑戦した日、ちょっと変わったスタートだったことを付け加えておこう。

プレーはアウトとインのどちらかからそれぞれの組がほぼ同じ時刻にスタートしていくのが通常である。ところが全員がサファイアコースのスタートに統一されていた。

なぜならば、片方のコースはメンテナンスを行っているという。

ハーフを終了して、後半はサファイアコースがメンテナンス、エメラルドコースでプレーということになる。

これも人件費を抑えるためであろう。

あの大規模リゾート開発の30年後の姿があった。
コース1



●その後のナリ会津

2015年4月


ナリ会津カントリークラブはもともと3コース27ホールであった。しかし、現在使われているのは2コース18ほーるである。

使われていないコース跡にメガソーラ―を設置することになった。

設置するのは会津ソーラーエネルギー合同会社である。

50ヘクタールに太陽光パネル約10万枚を設置。

年間の発電量は一般家庭で5600世帯分に相当するという。

事業総額は100億円、福島県内では最大規模となる。

全て東北電力に売電する計画だ。

2015年11月に着工、2017年11月までに完成する予定。