今日も、札幌は雪が降っています。やっと地面が見えてきていたのに、また白くなるのかな。
それでも、寒さにも負けずに先日、友人とホテルでランチしてきました。おいしかった♪
また太る(^^)

それでは本題です。
今日のテーマは、尊厳死の落とし穴。
「認知症が進んだ時の尊厳死は、どうなるの?」
尊厳死とは、「安らかに自然にあの世にいきたい」「死ぬときは苦しみたくない」まさに、この思いを形にします。
しかし、現実には「尊厳死も安楽死も、たとえ法律で認められたとしても、認知症が進行すれば、意思表示ができない」
乱暴な言い方をすれば、目の前の本人が「死にたいのか、それとも生きたいのか」家族にもお医者さんにもわからない。
一気に書いてしまいましたが、どういうことかわかりますか?
たとえば、あなたのお父さんお母さんが、「チューブにつながれたまま、ただただ病院のベットで生かされる、そんなのは絶対イヤ!」と、日ごろ言っていたとします。
それから月日がたち、お父さんお母さんが認知症になって、キッチリはっきり話せなくなったとしたら、どうなると思いますか?
もうあなたには、今、目の前に居るお父さんお母さんが、「絶対イヤ!」と言っていた時と、同じ考えかはわからないんです。
人間とは弱いものですし、考えもコロコロ変わります。
病院では、チューブや点滴を無意識にはずしてしまわないように、手をしばられることもあります。
その姿を見て、あなたがどんなに「楽にしてあげたい」と、望んでも、もうお医者さんは、積極的に命をうばうことはできません。
だからこそ、「倒れてからでは遅い!」
それが尊厳死の意思表示のタイミングと言われています。
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