こんにちは、起業準備中の札幌っ子です。
延命治療の決断に、迫られた家族にとって、
「存在しているか、仏になっているかは、雲泥の差。」
「手だって温かい、目だって開ける。」
「もしかして、奇跡がおきるかもしれない。」
そう思ったら、尊厳死に踏み込むことができず、延命治療をしたくなります。
しかし、こんな声もあります。
自分が動けなくなった時を考えたら、
「いよいよ危なくなったら、面会謝絶にして、一人で逝きたい」
「枕もとで、泣かれて騒がれるのは辛い」
「孤独死の方が、誰も傷つけない一番の死に方かもしれない」
「いっそ、孤独死の方が幸せなのかもしれない」
「チューブに繋がれて死にたくない」
「自宅で、その時をむかえたい」
ご家族が、辛い選択に迫られたときこそ、尊厳死宣言書があれば、ご本人の思い、尊厳を大切にしてもらえます。
万が一のために、準備をしておきませんか?「死」は誰にでも、平等に訪れます。
「自分には関係ない」と思っていませんか
倒れてからでは、遅いんです。元気な時に、準備が必要です。
私は、実際に経験しました。
ご家族に、辛い思いをさせたくないからこそ、自分の人生は自分で責任を取りたいからこそ、「尊厳死」考えてみませんか?
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