「説明責任」という言葉。
曰く、「~~は政治と金について説明責任を果たしていない」ってね。
どんなに記者会見を開いて説明しても「説明責任を果たしていない」でくくられたら正直たまらないですね。
では、「説明責任」を連呼する方々に聞いてみたい。「説明責任」ってなんですか?
自分の中の解釈では、「ある事柄について正しくその内容を知る人間が問われた内容について理解できるように明瞭に答える義務」であると考えている。
ではその求める「説明責任」が物足りないと思ったとき、求める人々が取る方法は何か?
それは「説明責任を果たしていない!」と目くじらを立てることではなく、「私が求めているのは~~~についての説明なのです」としっかり相手に伝えてあげることだと思うのです。
これは本来最初の段階で明らかにされなければならないはずのもので、コミュニケーションの基本だと思うのです。
ところがメディアでこの単語を発言される方々は、面と向かって自分が何を聞きたいのかを当の相手に直接伝えることもせず、例えば記者会見の内容を見ただけで「説明責任を果たしていない」とくくっています。
この言葉を使っていいのは、例えばある事柄に対して質問を行った当事者がその答えを聞いた上で、自分の聞いた内容に対する答えあるいは説明になっていないときだけ発していい言葉だと思うのです。
どうもこの国では「説明責任」は「セツメイセキニン」という呪文と化しているようで、この呪文を唱える人たちは、本当は説明をしてもらいたいのではなくその相手からたった一言引き出したいがためだけに唱えているのでどんな論理的な話も無駄になります。
それは謝罪あるいは辞意だけです。
得てして、高学歴を誇る国会議員の方々がまさかこんな事のためにこの呪文を唱えているとは思いませんが最近よく使ってらっしゃいますよね。