第4部 栄光の帰還 / 第1章 ジュネーヴ 第3節 マルチェロ(13) | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 

「第4部 栄光の帰還」 完成版の一部公開は

今回記事で最後となります。  

 

(明日の記事にて改めてご挨拶します)

 



  私は家を飛び出しました。

  父を追い掛けるためではありません。むしろ、

もう家族の誰とも顔を合わせたくないと思って

いました。なんでみんな俺に背を向けるんだ。

私は怒りに震える思いで真冬の道を当てもなく

歩いていきました。しかし、冬の風に頭を冷や

されるに従って、自分はどうだったのかと考え

ずにはいられませんでした。

  信仰について理屈をこねくり回し、どっちつ

かずの態度を取りながら、周囲がやきもきする

のを面白がっていたのは、どこの誰だったのか。

マルチェロの信仰を猜疑の目で眺めていたけれ

ど、愛する人と信仰を同じくして共に歩もうと

するのは、自分に比べれば、遙かに純粋だ。そ

して、マルチェロが苦しんでいるのをまるで他

人事のように見ていた自分はいなかったのか。

現実に向き合おうとせず、背を向けていたのは

自分だって同じ、一生懸命に生きている他の者

たちを批判する資格なんか、これっぽっちもな

い。自分もまた卑怯者だからだ。

  この寒々とした思いに至った時、歴史の波と

いう抗いようもない脅威の全貌が、初めて自分

の視界に入ってきました。そして、その大波に

揉まれて散りぢりになってしまった木の葉、そ

れが私たち一家でした。

  
  私たち家族はついにばらばらになってしまっ

た。

  
  心の中に開いた虚無感に引寄せられ、私はそ

の内側を覗き見ました。そこには底知れぬ暗黒

が広がり、私を吸い込もうとする得体の知れな

い力の前に、私はただただ無力でした。

  卑怯?

  だからと言って自分に何ができる?

  自分たちを呑み込んだ大波に、木っ端のよう

な自分がどうやって立ち向かえと?

  おれにどうしろというんだ。

  虚しい自問自答を繰り返しながら、私は暗黒

の縁から身を乗り出していました。この暗黒の

中に身を預けてしまえば、どんなに楽だろうと

思いながら。

  しかし、私はその時、もうひとつの内なる声

を聞いていました。

  その声は最初は微かにしか聞こえていません

でしたが、やがて、自分を呑み込もうとする虚

無を圧するように響き始めました。

  
  自分は知っている。

  家族をもう一度ひとつに結びつける方法を知

っている。

  自分は祖母の膝の上でいつもその話を聞いて

いた

  その谷ではかつてカトリックもヴァルドも平

和に暮らしていたという

  真実から目を背ける者はそれを異端の谷と呼



  しかし、真実を知る者は言う、それは神に愛

された福音の地。

  その谷が、人々をもう一度ひとつに結びつけ

る。

  神から与えられた約束の地は、必ず奇跡を可

能にする。

  
  この時、私は初めて知ったのです。

  信仰とは理屈で考えることなんかじゃない。

その時が来れば、自分の魂が語り掛けてくる。

その声に耳を傾け、その声を信じること。

  それこそが信仰の確信なのだと。