第3部 パリ、毒薬 / 第3節 ブランヴィリエ侯爵夫人(1) | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 

(更新が予告と一日ずれてしまってすみません)

 

  
  戦勝旗を掲げ意気揚々とパリに凱旋する軍隊、

国王の寵愛を巡って繰り広げられる美女たちの

興亡、ヴェルサイユに建設された壮大な宮殿。

フランスの栄光は夜のセーヌの川面に揺れるき

らびやかな光の如く、人々を幻惑した。しかし、

その光は、汚物の沈殿する川底の闇を一層深く

はしなかっただろうか。人々の虚栄心、快楽、

富への渇望をかきたてることは無かったと、一

体、誰が言えるだろうか。

  
  一六七二年七月三十日。

  サント・クロワという男が死んだ。自然死だ

った。

  男は多額の借金を抱えていたため、居室は封

印され、その所有物の一切が当局によって押収

された。その中に鍵の掛かった小箱が含まれて

いた。その箱の中にはパリを震撼させる秘密が

収められていた。

  
  マリー・マドゥレーヌ・ドブレイ。

  裕福な名家に生まれ、顔形は美しく、教養が

あり、立ち居振る舞いも優雅にして申し分ない。

二十一歳の時、アントワーヌ・ゴブラン・ド・

ブランヴィリエと結婚。夫は、かのゴブラン織

り創始者の直系の子孫に当たり、マリー自身の

持参金もあって、夫妻は有数の資産家となった。

結婚後、ブランヴィリエの所領が侯爵領になる

と、マリーはブランヴィリエ侯爵夫人となる。

  富と名誉の輝くようなうわべをまとった彼女

は、しかし、その下に邪悪な魂を隠し持ってい

た。

  わずか五歳にして性的な悪癖に耽り、最初の

性体験は七歳の時であった。異常な虚栄心の持

ち主で、侮辱されたと感じると、その美しい顔

は怒りで悪鬼のように歪んだという。

  夫のブランヴィリエは、軍隊でサント・クロ

ワと親しくなった。

  サント・クロワはその好男子ぶりもさること

ながら、話術巧みに人を惹きつける、特異な才

能の持ち主だった。ブランヴィリエ家に出入り

を始めたサント・クロワが夫人と情を通じるよ

うになるまで、時間は掛からなかった。やがて、

マリー自身が二人の関係をひけらかすようにな

ると、これを看過できなくなったマリーの父親

が国王に嘆願、サント・クロワをバスティーユ

の監獄に収監させた。

  後にマリーは「このことさえ無かったら、事

件は起こらなかった」と述べている。
 
 バスティーユでジルというイタリア人と知り

合いになったサント・クロワは、ジルから毒薬

術を伝授されたとまことしやかに伝えられてい

るが、これは疑わしい。もともとサント・クロ

ワは錬金術師で、薬物については玄人はだしだ

ったことが分かっている。愛人を取り上げられ

たマリーは、父親への恨みを募らせつつも、浮

かれたパリの雰囲気に呑まれ、莫大な資産が底

をつくほどの放蕩に明け暮れた。やがて、借金

で首が回らなくなると、恐るべき犯罪を思いつ

く。

  バスティーユから解放されたサント・クロワ

と再び関係を始めると、男から毒薬を買い付け、

自分の父親を毒殺したのである。

  苦悶する父親をマリーは献身的に介抱し、介

抱しながら繰り返し毒を飲ませた。父親は心か

ら信頼する娘が自分に毒を盛っていることを知

らないまま、激しく苦しみながら死んでいった。
  
  マリーの狙いは遺産だったが、遺産を独占す

るためには、二人の弟が邪魔だった。そのため、

マリーはサント・クロワの従僕、ラ・ショセを

送り込み、この二人も毒殺してしまった。

  事件の全貌が明らかになるにつれて、いよい

よ話はグロテスクの度を深めていった。マリー

は父親を殺す前、毒薬の分量や効果を試すため

に救貧院を訪れ、貧しい人々に毒を仕込んだ食

べ物を与え、人々が苦しみながら死んでいくの

を観察していた。そして、死後、毒薬が痕跡を

残さないことを確かめていたのである。

  マリーが邪魔だと感じた者には、ほとんど全

てに殺意が向けられた。自分の娘や夫すら例外

ではなかった。自分の娘が知恵遅れだと思った

マリーは、幼い長女に毒薬を投与している。し

かし、すぐに思い直して解毒剤を飲ませたため、

長女は一命を取り留めた。

  マリーは夫を殺して、サント・クロワと再婚

することを考えていたが、サント・クロワの方

はマリーと結婚するつもりなどさらさらなく、

マリーが夫に毒薬を飲ませると、サント・クロ

ワはすぐに解毒債を飲ませて死なせようとしな

かった。そんなことが五、六回ほども繰り返さ

れたという。サント・クロワはマリーを金蔓(か

ねづる)としか見ていなかった。そして、その

後もマリーを脅して金を巻き上げるために、殺

人の証拠、すなわち殺人の契約書を鍵の掛かっ

た箱にしまっていたのである。

  サント・クロワが期せずして死んだ時、マリ

ーは「あの箱が!」と叫んだという。