現代ではちょっと考えられない豪快な恋愛事件譚、と言いたい所ですが、
なんだか現代の日本でもありそうな話ですね。 もっともセヴィニエ夫人は、
その程度の低さにうんざりのご様子ですが。
以下、注です。
フォンテーヌブローの "破天荒な羊飼い" (The extravagant shepherd)
十七世紀の始め頃に書かれた、アンチ・ロマンス小説。 つまり恋愛小説を
茶化したり、風刺したりする類いの小説。 シャルル・ソレル著。
恋愛小説に感化された羊飼いが、みすぼらしくも飾り立てた姿で、莫迦げた
恋の冒険を繰り広げる。
ベンスラーデ (Isaac de Benserade)
フランス詩人。 クレオパトラを始めとする多数の著作がある。
「アニェスは死体と共に去った」
モリエールの劇、女房学校 (L'Ecole des femmes) の台詞の一節。
孤児のアニェスを引き取って、理想の妻とするべく育てるが、結局、アニェス
は他の男と駆け落ちしてしまう。
1989年 3月 25日 (金) パリにて。 娘フランソワーズへ。
聞いてください。 ベチューン氏のことはご存じですよね。 あの フォンテー
ヌブローの "破天荒な羊飼い", 別名カスポを。 どんな見た目をしているか、
覚えていますか? 背が高く、痩せて、野生的で、枯れ木のような、言うな
れば本物の亡霊です。 そのような男ですが、リヨン邸に滞在していました。
公爵とデストレス公爵夫人、ヴォーブラン夫人とそのお嬢様も同宿していま
した。 ヴォーブラン嬢は二ヶ月前、フォーブール・サンジェルマンにあるサント
マリー修道院に向いました。 自分のご姉妹のために修道女となって、ご姉妹
に財産を相続させるためだったと考えられています。 カスポが何のために
リヨン邸に滞在していたか分かりますか? 愛のためなのです、わが娘よ。
ヴォーブラン嬢と情を通じるためだったのです。 今、申し上げた通り、
ヴォーブラン嬢はカスポを愛していました。 ベンスラーデなら、夫を愛する
ヴェンタドール夫人に言ったことと、同じ言葉を掛けたことでしょう。
「彼女が夫を愛しているなら、なおさら結構。 彼女はもうひとりも愛する
ことができる」そのようなわけで、この十七歳のお嬢さんは、このドンキ
ホーテと床を共にしていたのです。 そして、昨日、男は修道院に行き、鉄格
子を打ち破って、ヴォーブラン嬢を見つけ出しました。 ヴォーブラン嬢も助
けに来てくれることを期待していたのです。 そして、彼女をさらって馬車に
押し込み、ジェヴル氏の家に向かいました。 そこで二人は剣の柄に掛けて
結婚を誓い、床を共にしました。 朝、夜明けと共に二人は失踪し、今もまだ
見つかっていません。 この場面は、まさしく「アニェスは死体と共に去った」
の台詞の通りです。 デストレス公爵は、もてなしの恩を仇で返されたたと嘆
き悲しみ、ヴォーブラン夫人は男の首を切り落としてやりたいと息巻いてい
ます。 ジェヴル氏は、それがヴォーブラン嬢だとは知らなかったと言ってい
ます。 ベチューン家の方々は、一家に対する訴訟を避けようと、いろいろ
工作していますが、彼らがヴェルサイユで何を訴えたのかは分かりません。
このような時のために福音書はあるのです。 世間はこの話で持ちきりです
が、貴女ならそれがどんな様子か分かることでしょう。 "愛"について、貴女
はどのように思われますか。 このような不愉快な人々によって演じられるよ
うな "愛" なのであれば、私は軽蔑しか感じません。