セヴィニエ夫人の手紙 (身近な人々) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

  
 
 前回の手紙の後半部分になります。 
 
 (晩年の夫人の手紙は特にそうですが、その長さに驚かされます)
 
 日常のこと、周囲の人々について何気ないことが綴られていますが、そこは
 
セヴィニエ夫人のことですから、なかなかに一筋縄ではいかない内容です。 
 
 文中の 
ポーリン とは、フランソワーズの嫁ぎ先、グリニャン家の子女。 美人
 
で評判だったようです。 この手紙の当時は十五歳でした。 

 
 

(1689年 1月 10日 の手紙の続き)
 

  
 貴女の息子はカステルノー嬢と一緒でした。 彼女にはとても可愛らしくて
 
魅力的な妹がいたものですから、貴男の息子は妹さんに好意を持って、お姉
 
様のお相手はソンサイさんに任せていました。 しかし、これが幸運をもたら
 
したようで、お二人は深夜までダンスを続けていました。 侯爵 (フランソワ
 
ーズの息子) は、この仲間たちととても馬が合うようで、友人たちに囲まれ、
 
ヒバリのように幸せそうです。 シュバリエが彼を早く結婚させようと気を揉
 
んでいるとは思いません。 同様にラモワニオン氏もお嬢様の結婚を急いでは
 
いないようです。 
 
(中略)
 
 貴女が委託の品に対して気が変わったからと言って、貴女を非難するつも
 
りは毛頭ありません。 その逆です。 あのコルネットはポーリンの方が似合う
 
でしょう。 ポーリンが持っているドレスは一着だけで、コルネットは持って
 
いないのです。 貴女がお受け取りになる品は、特別に目立つような所は無い
 
ものの、きっと気に入ることと思います。 コルネットは大変美しく、赤い
 
薔薇飾りが付いています。 ともかく、貴女はよく考えもせず、軽い気持ちで
 
私に衣服を頼んだわけではないのでしょう。 私の粗末なコルネットは、幸い
 
なことにポーリンの所に行かずに済みました。 あまり出来のいいものではあ
 
りませんし、私自身、恥ずかしく思っていたのですから。 マルシラックさん
 
がそれを横取りしてくれたのを嬉しく思いました。 ポーリンは私たち皆を楽
 
しませてくれる素敵な手紙を書きます。 まるで一緒にお喋りしているかのよ
 
うな、自然な文章なのです。 自分の美しさや装飾品については完璧なまでに
 
語り尽くし、自分を召し使いと間違えた不作法者には冷たい言葉を浴びせま
 
す。 私からの返信を待っている間に、私のために彼女へ接吻をお送りくださ
 
い。 それが一番です。 
 
 ここでは、時々、貴女が大司教と上手くやっているか教えてほしいと頼ま
 
れます。 粗探しをする輩には、貴女からその熱意に感謝を述べ、お名前を心
 
に留めておくと言ってください。 彼らが言いふらそうとしていることは、
 
もう決まっているのですから。 貴女はどのようにして彼らを追い払おうとい
 
うのでしょうか。 彼らの楽しみは、波風を立て、不和を引き起こし、自分を
 
必要とされる人間に仕立てあげることなのです。 プロヴァンスの、この地方
 
特有のやり方は忘れてください。 何か不満の種があるのなら、ご自身に語り
 
かけるだけに留めてください。 他人を巻き込まなければ、物事はすぐに収ま
 
ります。 
 
 厳しい寒さになりました。 貴女は、他の娘たちが母親をこれほどまでに愛
 
したことはないまでに私を愛してくださいます。 それは本当のことです。 私
 
はこのような奇跡にあやかることができた幸せと幸運に驚いているのです。 
 
 ポーリンには手紙のお礼を伝えます。 きっと私を喜ばせてくれるでしょう。 
 
ポーリンは、私との関係に 「夫人?」 と呼び掛ける以上のことを見つけるこ
 
とができないのです。 真面目な話、何か他の言葉を考えなければなりませんね。