セヴィニエ夫人の手紙 (パリの英国王) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
 
 前回記事の続きとなります。 
 
 フランスに亡命した英国王一家の様子を非常に詳しく娘に伝えています。 
 
 
 
天使のように可愛らしいという王子
 
 王子 ( =ウェールズ公 )  は、当時、生後半年でした。 
 
 
 
「王女の椅子 (pricess's chair)」
 
 これについては詳細が分かりません。 
 
 
 
英国王の御母公
 
 フランス王アンリ4世の娘、アンリエット・マリー・ド・フランスのこと。 
 
ルイ十四世から見ると叔母に当たります。 
 
 英国王チャールズ一世に嫁ぎ、英国王妃となりました。 御夫婦仲は良かっ
 
たようですが、英国民からは嫌われ、清教徒革命の一因となりました。 革命
 
により英国を追われたものの、革命瓦解後は英国に戻りました。 晩年は健康
 
問題のためフランスに滞在し、1669年に亡くなっています。 
 
 
 最後の箇所でセヴィニエ夫人は、英国王妃メアリー・オブ・モデナの容姿
 
を言葉で説明していますが、百聞は一見に如かず、肖像をご覧ください。 
 

 

 


 
 
(1689年 1月 10日 の手紙の続き)
 
 
 一方、我が陛下は英国王のために超越的な行いをしておられます。 あのよ
 
うな形で追放され、裏切られ、見捨てられた国王を支えることこそ、全能の
 
人に相応しい行いではないでしょうか。 陛下の偉大な魂はこの気高い役割を
 
快く引き受けました。 陛下は王室の者、全員を引き連れ、百六台の馬車を連
 
ねて英国王妃に会いに向かわれました。 途中、ウェールズ公を乗せた馬車を
 
見つけると、幼く、天使のように可愛らしいという王子を馬車から降ろす必
 
要は無いと仰せになり、自分が馬車をお降りになりました。 そして、王子を
 
優しくお抱きになりました。 その時、王妃が馬車から降りてきたので、彼女
 
のもとへ足早に歩み寄りました。 陛下は王妃に恭しくお辞儀をして、数分間
 
ほど会話を交わしました。 それから王妃を自分の馬車に招き入れ、自分の横
 
に座らせると、同じ馬車に乗っていた王弟ご夫妻と引き合わせになりました。 
 
それから、王妃をサンジェルマンにお連れし、女王に相応しいあらゆる形の
 
ご衣装、六千ルイもの金貨を納めた美しい手箱を贈りました。 英国王は翌日
 
到着のご予定だったので、陛下はサンジェルマンでお待ちになりました。 英
 
国王はヴェルサイユからいらしたので、到着は遅くなりました。 陛下は衛兵
 
の間の端まで行って、英国王を迎えました。 英国王が頭をとても低く垂れ、
 
お膝にすがりつこうとするのを陛下は押しとどめ、この上ない真心を込めて、
 
三度、四度と英国王を抱きしめました。 お二人は四半時間ほど穏やかにお話
 
をされました。 陛下は英国王を王弟ご夫妻、王太子を始めとするご子息たち、
 
ボンジ枢機卿に紹介してから、王妃のいる部屋へとお連れしました。 王妃は
 
国王との再会に涙を堪えることができませんでした。 お二人が二言、三言の
 
お言葉を交わした後、陛下はお二人をウェールズ公のいらっしゃるお部屋に
 
案内しました。 そして、陛下は馬車までの同伴を辞退して、英国王にこう仰
 
せになりました。 「ここは貴男の家です。 私がここへ来た時は、貴男が主人
 
役を務めてください。 貴男がヴェルサイユにいらした時は、私が主人役を務
 
めます」その翌日、つまり昨日のことですが、王太子妃が、宮廷の者たちを
 
連れてサンジェルマンにお越しになりました。 あの方たちがどうやって
 
「王女の椅子」を用意するのかは分かりません、というのも、それはスペイ
 
ン王妃のためのものですから。 英国王の御母公は「フランスの娘」として
 
扱われています。 詳しくは追ってお知らせします。 陛下は英国王に一万ルイ
 
の金貨を贈りました。 英国王は疲れ、年老いて見えます。 王妃も痩せて、目
 
は泣き腫らしてはいますが、美しい黒い瞳で、やや青ざめてはいますが顔色
 
も良く、口元は大きく、素晴らしい歯をしています。 姿形も美しく、知性に
 
富み、常に穏やかであるため、人々から好かれています。 さて、情報がこれ
 
だけ充分にあれば、皆様とお話しても、会話は長く続きますね。 ビゴー様か
 
らも、追加のお話があることでしょう。