今回は葬礼と結婚、誇示と内密、の二つを対比した興味深い内容です。
葬儀の部分、原文では故人を Monsieur le Prince と呼んでいます。これは
大コンデと呼ばれた ルイ2世・ド・ブルボン (1686年11月11日没) のこと。
コンデ公位はアンリ3世が継ぎました。
以下、注
サン・ルイ :
フランスの王でルイ8世の息子
フルール・ド・リス :
アヤメ(アイリス)の花を様式化した意匠で、フランス王家の紋章となっ
ている。
「太陽から遠く離れて行われたことは隠さねばならぬ」の意味について :
コンデ公はフロンドの乱で、スペインと通じて、ルイ十四世と敵対した。
文中の太陽は、当然、太陽王ルイ十四世を指している。後にはルイ十四世の
元に帰って数々の武勲を立てたコンデ公に対し、「その功績の大きさ故に、過
去の過ちには目をつぶる」 という意味と考えられる。
1687年 3月 10日 (月) パリにて ビュッシー・ラビュタンへ。
親愛なる従兄弟殿、またもや死と悲しみが巡ってまいりました。 しかし、
人類史上稀に見る、この壮大で輝かしい葬儀についてはお話せずにはいられ
ません。 本日、ノートルダム寺院で大コンデ公の葬儀が執り行われました。
貴顕、才人のすべてが集い、この偉大なる大公のお人柄と偉業を讃えました。
サン・ルイにまで遡るご先祖の方々が、そして、大公の収めた勝利の数々が
浮き彫りとなり飾られ、あたかも天幕に包まれるが如く、その裾を骸骨が見
事な姿勢で支えています。 霊廟は教会の穹窿に届くほどの高さがあり、それ
を覆う天蓋はさらに高く揚げられ、四隅は幕のように垂れています。 聖歌隊
席はこうした浮き彫りで飾られ、その基礎となる部分に大公の生涯が物語ら
れています。 スペインとの同盟は闇によって表現され、そこにはラテン語で
「太陽から遠く離れて行われたことは隠さねばならぬ」 と記されています。
すべてにフルール・ド・リスが、厳かに散りばめられています。 天蓋の下に
は小さなランプが千の星のように輝いています。 私が覚えているのは半分ほ
どですが、これについて詳しく書かれた本が送られていると思いますので、
詳しくはそちらでご覧になってください。 この手紙に沿えて私から本を送っ
てもいいのですが、そのような重複は貴男も好まないと思うので。
(中略)
しかし、貴男の気分が晴れるよう、正反対のお話も致しましょう。 死から
結婚へ、壮大な儀式から全くの内密なお話へ、できるだけ脚色を交えずお話
します。 グラモン侯爵の十五才になる御子息とノアイユ氏のお嬢さんのこと
です。 お二人は今日の午後、ヴェルサイユで結婚式を挙げることになってい
ます。 そのやり方はこうです。誰も招待されず、誰にも知らされず、皆、ご
自宅で食事をされます。深夜、花嫁と花婿は地区の教会に連れてこられ、結
婚されます。 ご両親がヴェルサイユにいらっしゃらないのであれば、その付
き添いも無しです。 華麗な花嫁衣装のお披露目も無ければ、公式の床入りも
ありません。 二人が同じ寝床に入って何をなすべきか、手ほどきは、家庭教
師たちに任されています。 翌朝にはすべてが適切に済んでいることでしょう。
囃し立てる者も無く、立会人も無く、下品な冗談を言う者もありません。 朝
起きて、御子息はミサに行き、陛下と食事を共にし、お嬢様はいつもの同じ
ような服を着て、お祖母様を訪問されます。 お嬢様は寝台にとどまって、村
娘のように訪問客の好奇の目に晒されることもありません。 結婚には、普通、
大騒ぎがついてまわるものですが、この結婚は通常の行動に沿って、最も自
然な形で、完璧に日常に融け込んだものだったので、二つの家族の間に結ば
れた祝福に誰も気づきませんでした。