セヴィニエ夫人の手紙にフォンタンジュ嬢登場です。
フランス宮廷を舞台に繰り広げられるモンテスパン夫人とマントノン夫人
の熾烈な戦いを 「ゴジラ対キングギドラ」 に例えれば、その間に割って
入ったフォンタンジュ嬢は、さしずめモスラといった所でしょうか。
(ちょっと違いますかね・・・)
話はフォンタンジュ嬢がわずか20才にして、公爵夫人の称号を与えられた
所から始まります。 (注、当時の公爵夫人という称号は、公爵領を国王から賜
ったことを意味し、公爵夫人だからといって既婚であることを意味しません)
フォンタンジュ嬢が一時的に宮廷から下がることが書かれていますが、この時、
フォンタンジュ嬢は妊娠していて、秘密裡に出産する必要がありました。
セヴィニエ夫人はこのことを知っているのかいないのか、手紙では微妙な書
き方をしています。
一方、ルイ十四世の方は、若い娘を妊娠させておきながら、熟女マントノン
夫人と宜しくやっている様子が書かれています。 ロリコンに年上熟女、お前
は何でもありか、という感じですが、モンテスパン夫人を嫌っているセヴィニエ
夫人は、ざまあみろ的に書いています。
1680年4月6日 土曜の午後、パリにて。 娘フランソワーズへ
新しいことをお知らせしますね。 これはもう秘密ではありませんから。 こ
のことを最初に知ることになれば、貴女も喜ぶことでしょう。 二千エキュの
年金と共に、フォンタンジュ嬢に公爵夫人の称号が与えられました。 彼女が
長椅子でお休みになっている所に吉報が届きました。 陛下が公然と彼女の元
を訪れたのです。 フォンタンジュ嬢は明日、公式に公爵夫人の座を手にし、
イースターは陛下から彼女のご姉妹に与えられた修道院で過ごすということ
です。 これはつまり、二人の関係に厳しい目を向ける国王付聴罪司祭に遠慮
して、暫くの間は別れて暮らすということです。 この別離には、体良くフォ
ンタンジュ嬢を追い払う意味があると噂する人もいますが、私はそうは思い
ません。 いずれ分かることでしょう。
現在、状況はこうなっています。 モンテスパン夫人は猛烈に怒り狂い、
昨日は一日中、泣き通しでした。 彼女が如何にプライドを傷つけられている
か、貴女にも想像がつくでしょう。 自分よりマントノン夫人の方に寵愛が傾
いていることも、その怒りにさらに拍車を掛けています。 陛下はしばしばマ
ントノン夫人のもとを訪れ、夕食後、二時間ほど部屋で過ごしています。 自
由かつ気楽に親密な会話を楽しめる夫人の部屋が、陛下にとっては無二の喜
びの場所なのです。
リシュリュー夫人に痴呆の症状が出始めています。 夫人の思考は目に見え
て衰えています。 夫人は皆とご挨拶なさいますが、相手に対して相応しいこ
とを言うことができません。 付添人 (lady in attendance) の細々とした仕
事について、かつて夫人はよく通じていましたが、今はてんやわんやです。
夫人はラトゥース氏とシャルル(セヴィニエ夫人の息子) を閣下に紹介しまし
たが、名前を言うことができませんでした。 夫人は、シュリー公爵夫人のこ
とを 「ダンサーの一人」 と言いました。 ヴェルネリ夫人の名前を忘れてい
ました。 夫人は危うく王太子妃にルーヴォア夫人へキスさせようとしました。
王太子妃を公爵夫人だと思ったからです。 このような状況は危険で、些細な
事柄が考えているよりも大きな害をなす可能性があります。 空虚なお世辞で
一杯の夫人の相手をしているよりも、真理の追究でもしていた方が、まだ頭
も疲れないというものです。