妻を寝取られた夫の肖像 モンテスパン侯爵 (1) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
 
 こんにちは。 吉高です。 
 
 久しぶりに関連記事など書いてみたいと思います。 

 

 
  

 最近、不倫話が世間を賑わせていますが、王室を舞台にした不倫騒動とな
 
ると、やっぱり英国チャールズ皇太子とダイアナ妃で決まりですね。 皇太子
 
夫妻の間に割って入ったのはカミラ夫人……、え? 夫人? この人旦那がい
 
るの? 旦那は何やってんの? と思いませんでしたか? 私は思いました。 
 
 最後はダイアナ妃を死に追いやってしまったほどしつこいパパラッチです
 
が、そのパパラッチも寝取られ男の旦那を追っかけたという話は聞いたこと
 
がありません。 さしものパパラッチも、気の毒な夫を追いかける気にはなれ
 
なかったのでしょうか。 
 
 それにしても、旦那はなぜ何も文句を言わないのでしょう。 せっかく世間
 
がスキャンダルで盛り上がっている所だから、ここは空気を読んで邪魔をす
 
るのを避けたとか?
 
 実際の話をすれば、カミラの夫アンドリューは英国紳士らしい自制心を発
 
揮して下劣なスキャンダルに加わるのを避けたのかもしれませんが、カミラ
 
の父親はチャールズの所に乗り込んで 「娘をたぶらかしやがって。 お前のせ
 
いで、カミラの子供たちがどんな思いをさせられているか知ってんのか! 
 
我が一族の名誉を何だと思ってんだ」 と一時間半に渡って文句をぶちまけた
 
といいます。 チャールズ皇太子はこの時のことを「人生最悪の瞬間だった」
 
と語っていますが、そりゃそうでしょうね。 
 
 しかし、この父親の文句は的外れで、圧倒的に悪いのはカミラの方。 うぶ
  
なチャールズを弄んでおいて、さっさと別の男と結婚 (チャールズ大泣き)、結婚

 

生活が思わしくなくなると、再びチャールズとの関係を復活、ダイアナとの結婚も

 

「この女なら何とでもなる」 と踏んだカミラがチャールズに勧めたといいます。 しか
  
も、ダイアナとの結婚の前夜までチャールズとカミラはベッドで事に及んで
 
いたとか。 
 
 すぐに二人の仲を悟ったダイアナ妃が正気でいられるはずもありません。 
 
「私ってばこんなきれいなのに、なんであんなババアに……」
 
 ダイアナ妃は鏡を見ながら、カミラ夫人にはあって自分には無いものをい
 
つまでも考えていたことでしょう。 
 
 
 前置きが長くなりましたが、現代にあっても、国王――チャールズの場合
 
は皇太子ですが――に妻を寝取られれば、夫といえど遠慮してなかなか文句
 
も言いずらいわけですから、十七世紀、絶対王政を確立したルイ十四世の時
 
代となれば、国王が人妻と寝るぐらいは当たり前、寝取られた夫の方も場合
 
によっては大喜び。 というのも、妻の不倫を見て見ぬふりをしていれば、出
 
世は間違いなし。 妻を差し出したご褒美として、家禄は増える、職位は上が
 
る、いいことづくめだったからです。 
 
 
 これには興味深い実例があります。 
 
 スービーズ大公妃は美しく聡明な女性で、夫を深く愛していました。 「妻
 
以外の全ての女性を愛した」 と言われたルイが大公妃に目を付けるのも自然
 
な成り行きでした。 国王から誘惑された大公妃は、あっさりそれに応じます。 
 
そして、国王の寵姫となった短い期間に、夫の望む地位と名誉を確保し、大
 
金を引き出すと、さっさと宮廷を去って夫の元に戻ったのです。 
 
 大公妃を妻の鑑として誉めていいものかどうか微妙な所ですが、少なくと
 
も夫のスービーズ大公は大満足だったと伝えられています。 
 
 かくして国王の不倫は、カトリック教会は渋い顔をしたものの、当時の宮
 
廷にあっては咎められるどころか、夫や父親が率先して妻や娘を差し出すこ
 
とも少なくありませんでした。 ましてや国王が妻を誘惑したからといって、
 
文句を言うことなど考えられなかったのです。 
 
 
 それでは国王の寵姫となったモンテスパン夫人の夫、モンテスパン侯爵も
 
そんな男たちの一人だったのでしょうか。 
 
 これが違う、全然違うのです。 
 
 彼はフランス寵姫の歴史三百五十年の中で唯一、妻を寝取った国王に公然
 
と反抗した男だったのです。 
 

( 来週に続きます )