黒豹リキシャワラに翌日の予定を抑えられた私。
タージ・マハルは朝六時から見学可能なので、その三十分前にはホテルの
前でおっさんと待ち合わせ──旅情もへったくれもないシチュエーションです。
まだ夜も明けきらない時間だけど、本当に来てるのかな?目覚まし時計持
ってんのかな? などと要らぬ心配をしながら外に出てみると、
「おお、こっちだ」
暗がりから、ぬっと姿を現す黒豹。 ああ、びっくりした。
私を乗せるとおっさんは早速、ペダルを漕ぎ始めました。 タージ・マハル
が終わったら、次はアグラ城へ。 今日一日、おっさんは私はドライバという
ことになります。
専属ドライバといえば、思い出すのが、カンボジア・シェムリアップのこと
です。 空港で私を捕まえたバイクの兄ちゃんは、その後三日間、アンコール・
ワットからトンレサップ湖まで、私をバイクに乗せて走り回りました。 山の
上にある川に水没した遺跡まで行った時には、兄ちゃんも一緒にハイキング
したりして……。 そんなわけで、私のアンコール・ワットの思い出は、その
バイクの兄ちゃんの思い出と分かち難く結びついています。 彼らにしてみれ
ば、私のような客は好都合なのでしょう。 その間、実入りは保障されるわけ
ですから。 このままで行くと、私のタージ・マハルの思い出は、このむさく
るしいおっさんと分かち難く結び付いてしまう。 ──やだなあ、そんなの。
やがて、タージ・マハルに到着。 私を下ろしたおっさんは、何やら英語を
アドバイスをくれるのですが、インド訛りが強すぎて、なに言ってんだかさ
っぱり分かりません。 私が「はあ?」 とか「ほお?」 とか繰り返していたら、
終いには「だから、あっちの門から入りゃいいんだよ!」 とブチ切れる始末。
朝っぱらから、怒らないでよ、もう。
こうして、初めて自分の目で見たタージ・マハールは──
おお、写真と同じだ! (何のひねりも無いな)
私が中を歩きながらカメラを構えていると、つかつかと歩み寄ってくる男
がひとり。 やがて、彼は私に、この角度からこう撮って、と指示を出し始め
ます。 はい、次はこの位置から、その角度で。 そうそう、次はこっち。
一通り指示が終わったらしいな、と思った私は、黙ってお金を差し出しま
した。 男はそれを受け取ると、足取りも軽く去っていきました。
インド旅行で際限なく繰り返されるシークエンスです。
もうこれ以上、このような下世話な話を繰り返して、読者の皆さんをうん
ざりさせないために、ここでひとまとめにして、もうこの手の話を書くのは
最後にしたいと思います。
遺跡内で写真を撮っていた時のこと。 掃除をしていたお兄さんが、親切
で? 入ってはいけない所で写真を撮らせてくれました。 礼を言って、立ち
去ろうとすると金銭の要求が──。 断りましたが、後になって考えると、少
しは渡すべきだったと思います。
砦の地下道でのこと。 施設の係員が手に何か持っていると思ったら、大き
な蝙蝠でした。 写真を撮れと言うので、写真を撮ったら、金銭を要求されま
した。 これも断りました。
これも遺跡内のこと。 出口が分からなくなったので、制服を着た係員に尋
ねると、出口を教えてくれたのはいいのですが、何と金銭要求が! こうい
うのは本当に驚きます。 勿論、払うわけありません。
特に日本人から見ると非常識としか映らない行為も、彼らの側からすれば、
それなりの論理があるのかもしれません。 つまらない出来事の数々ではあり
ますが、自分がどのように振る舞うべきなのか、時に深く考えさせられます。
見知らぬ男の指示で撮られた写真