第1部 「告白」、第4章「審問」、第17節 | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
「その娘がどうなったのかについては、私には分かりません。 私もまた、街を追われ
ることになったからです」
(前節 より)
 
 
本ブログをご訪問いただき、ありがとうございます。
 
 
次回10月27日、第4章第18節をもって、第一部は完了となります
 
 
10月28日、改めてご挨拶の記事を投稿させていただき、そこで第二部の予定に
ついてもお知らせしたいと思います。
 
 
( 全体の目次はこちら(本サイト)からご覧いただけます )
( 最初から読む )
 
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第4章 「審問 」
 
 
17. 見習修道士シルヴィオ、処刑の日を語る。
 
 
 
 すべては何のためだったのか。
  
  ――その問いに答えられる者は、エミリオ様以外にはなく、ジョットーの死
  
に対する報復の誓いから始まった審問は、最初の目的を顧みることもなく突
  
き進み、最後は燃え上がる四つの火刑台で幕を閉じることとなりました。
 
 コルラードの判決にも、その後は思ったほどの圧力が掛かることもありま
 
せんでした。 あの傲慢だった男も、思えばただ利用されていたに過ぎず、も
 
う役に立たないとなれば、――娘のアンナを除けば――誰も敢えて危険を冒
 
してまで助けようとはしないのを見ると、ただ虚しく哀れでありました。
 
 先に審問中に死亡し、変わり果てた姿となって運び込まれた羊飼いルキー
 
ノ、市長コルラード、市会議員テオドロ、豪商の息子シスモンド――四人も
 
の罪人が一度に焼かれると聞いて、城外の刑場には、多くの群集がつめかけ
 
ました。 特に、二代続けて市長が審問に掛けられたことで、人々の不安はわ
 
だかまり、風の無いその日、処刑場に立ちこめた煙のように、いつまでも地
 
を這いまわり、人々にまとわりつくのでした。
 
 罪状の読み上げ、被告の懺悔、世俗の裁判所への払い下げ、そして、火刑
 
の宣告。 それは、これまで何度も繰り返されてきた異端審問の風景と何も変
 
わる所はありません。 しかし、この審問では、人々はいつもとは少し違うも
 
のを聞かされることとなりました。 全ての審問手続きが終わった後、審問官
 
であるエミリオ様が、判決とは別の宣言を行ったのです。
 
「本日、有罪となった被告たちは悪魔と結託して、善良なカトリック教徒を
 
陥れた。 即ち、1641年、前市長マウリツィオ他、マルティーナ、ロレーラ、
 
ジュリエッタ、マルタ、イルヴァの六名は、これら悪魔の使徒たちにより無
 
実の罪を着せられ、異端審問により有罪となり、処刑された。
 
 ここに教会は審問の誤りを認め、これら六名の名誉を回復するものである。
 
彼らは全て、神に仕え、人に尽くし、世の闇に火を灯そうとした心正しいキ
 
リスト教徒であった」
 
 ここまで読み上げられた時、刑場はにわかにざわめきはじめました。 「誤
 
りを認めるだと?」 「名誉を回復するってなんだ?」 という声がそこここか
 
ら聞こえてきました。 教会の関係者さえがお互いに顔を見合わせ、何人かは
 
声を上げようとさえしましたが、エミリオ様は意に介さず先を続けました。
 
「本裁判にて正式に命じる。 これら無実の罪で処刑された六名の火刑台の灰
 
と土を集め、教会墓地に埋葬せよ。 彼らの尊い犠牲を偲んで墓石を立て、教
 
会ならびに信徒は、毎年十月の最初の日曜に礼拝を捧げるものとする。
 
 人は間違いを犯そうとも、神が誤ることは無い。
 
 その魂は今、天にあり、永遠に神の御許に安らぐであろう」