第1部 「告白」、第3章「星を見る修道士」、第2節 | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
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第3章第3節は5月26日に投稿します。
 
なお、明日に 「イタリア旅行案内」 を投稿する他、
 
この章に関連した特別記事を順次、投稿します。

 
お時間のある時、お付き合いいただければ幸いです。
 
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第三章「星を見る修道士」
 
 
ドミニコ会修道士フェルナンド、1653年秋の或る一日を語る。
マレドの魔女事件から12年後、トリノ近郊の修道院にて。
 
 

 
 
 
 私はダミアーノ士の話をじっと聴いておりましたが、ここに至って漸く自分
 
が話をする番が来たと感じました。
 
「わが友、ダミアーノ。今日、あなたに聞いていたただきたい話は、ここまで
 
あなたが話してきたことと大いに関係があります。ここから東、ほど遠からぬ
 
場所にマレドという街があるのをご存知でしょうか」
 
「ええ、勿論、知っておりますとも。近年、最も盛んに魔女狩りが行われてい
 
る場所ですね」
 
「いかにも。その街は谷間に住む人々に接していることから、特に強く異端
 

を警戒され、1641年には異端審問官のジョットーが派遣されました」
 
「ジョットー士のこともよく知っています」
 
ダミアーノはそれ以上、何も付け加えようとはしませんでしたが、その名を口
 
にしたとき嫌悪に歪んだ口元が、雄弁に心の内を物語っておりました。私はそ
 
の表情に勇気づけられ、言葉を続けました。
 
「ジョットー士は信仰に全身全霊を捧げ、妥協することも懐柔されることも知
 
らない神の戦士なのかもしれません。それは認めましょう。しかし、私のよう
 
な者には彼のやり方があまりに急進的過ぎるのではないかとも思えるのです。
 
十年ほど前、マレドでのジョットーによる異端審問は、今なお人々の噂となっ
 
ています」
 
「その審問とは、街の宝石ともいうべき貴婦人や芸術家、教育者の女性たちが
 
魔女として告発され、揃って火刑に処せられたというものでしたか」ダミアー
 
ノは苦渋を浮かべ、十字を切った。「それに関連して市長までもが火刑となっ
 
たのでしたね」
 
「その通りです。ジョットーは自分の信念に一片の疑いも持たず、この十年、
 
火刑が行われなかった年はありませんでした。お陰でマレドには常に不気味な
 
噂話がつきまとうことになりました。その多くは魔女の亡霊が城外を彷徨って
 
いるとか、子供がさらわれて悪魔の使徒たちに食べられているといった類の下
 
劣な話ではありますが、人々は疑心暗鬼に捕らわれ、街は恐怖に蝕まれていま
 
す。マレドの人間と関わりを持てば、悪魔と関わりを持つことになるかもしれ
 
ないとさえ言われているのですから。しかし、離れた土地から見れば、マレド
 
が悪魔の巣窟のように見えても不思議はありません。
 
 しかし、問題はそこではありません。時代は刻々と変化しています。もう魔
 
女狩りが受け入れられる時代は過ぎ去ろうとしているのです。カトリックの信
 
徒の中にすら、魔女狩りを公然と批判する者がいます。フィレンツェにでも行
 
けば、我々は田舎者はおろか野蛮人とさえ言われかねません。教会のこうし
 

た旧態依然とした体質が、プロテスタントを勢い付かせた一つの原因だとは
 

思いませんか」
 
 ダミアーノは俯きながら、黙って私の話を聴いておりましたが、
 
「それで、私に頼みというのは?」と尋ねられました。
 
「そこなのですが、私はこの事態を何とかしたいと常々思っておりました。し
 
かし、異端審問官として名高いジョットーを追放するのは無理です。彼を熱烈
 
に支持する者も少なくはないのです。それならば、他の方法は無いものかと考
 
えていたのですが、ついにその答えを見つけました。懺悔聴聞僧として、信頼
 
の置ける人物をマレドに派遣するのです。その聴聞僧をマレドに派遣するため
 
には、あなたの力が必要です。あなたの人望と口添えがあれば、事は容易に運
 
ぶでしょう」
 
「しかし、その信頼に足る人物に当てはあるのですか? どのような人物を考
 
えておられるのですか?」
 
「ジョットーに良識で訴えることができる者、真実を守るためにはジョットー
 
との対立をも厭わない者です。私はそれに最適の人物を見つけました」