第1部 「告白」、第2章「或る家族の肖像」、最終節 | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
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昨日に続く連続投稿の二回目、第2章の最終節となります。 
 
”第3章 星を見る修道士” は5月13日より開始します。 
 
 
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  ( マレド市市長マウリツィオ、1641年10月21日、異端として告発され、処刑される。) 
 
 
 一体、最後に青空を見たのはいつのことだったろうか。私は手足を縛られ、 
 
棒に吊るされた形で城外に運び出された。私は道すがら、あまりに眩しい空を 
 
見上げていた。あり得ないような美しい空が不思議でならなかった。人々は私 
 
を見ると、もはや人間とも思われない蛇のような姿に恐怖と嫌悪の表情を浮か 
 
べて、後ろにあとずさり、充分、離れたと見るや、憎悪や呪いの言葉を浴びせ 
 
かけてくる。しかし、その表情も声も、自分には遠くの影や木霊のようにしか 
 
感じられなかった。 
 
 衆人環視の真只中に引きずり出され、壇上に並ぶ裁判官たちが、長々した判 
 
決文を読み上げる。犯した恐ろしい罪の数々に人々はどよめき渡る。 
 
「われらドミニコ修道会は神の御前において、以下の判決を宣告する。我々は 
 
主イエス・キリストと聖母マリアの御名において、被告は真の背信者にして信 
 
仰の反逆者、全能の神の否定者、悪魔礼拝者、異端、姦淫、殺人、その他あら 
 
ゆる罪と背反を犯したものと判定する。 
 
 これより、我々は汝を教会の法廷より国家の法廷に下げ渡すものである。国 
 
家の法廷が、汝に対する死の宣告を緩和することを祈りつつ」 
 
 続けて行われた世俗の裁判の決まりきった判決――「被告を火刑に処す」と 
 
いう言葉にも、もはや何の感慨も無かった。 
 
 自分の人生はどこにも辿りつくことはなく、何もかもが無駄だった。そう思 
 
うと、ただただ空しい。しかし、これで全てが終わる。 
 
 火刑台の中心に立てられた一本の太い柱に長々と吊るされ、周囲には枯れ枝 
 
が積み上げられた。むせかえるような油の匂いが鼻腔を衝き、鈍い音と共に炎 
 
が上がった。火に包まれ、人々の歓声も遠くなっていった。 
 
 私は、ずっと青く澄み渡った空を見上げていた。神よ、この魂をあなたの手 
 
に委ねます。どうぞお徴をお見せください。私の魂を受け入れるとお示しくだ 
 
さい。体に炎が移っても、私はただひたすら祈り続けた。 
 
 空は抜けるように青く、雲の影も無く、風さえも動くことはなかった。そこ 
 
には全くの無関心がどこまでも広がっているだけだった。