第1部 「告白」、第1章「マレド群像」、第13節 | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録


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第一章の終わりが近くなって参りました。


ここまで読んでいただいた方には心よりお礼を申し上げます。


本日より、第一章の最終節(第19節)まで、毎日一節ずつ連続投稿します。


(但し、明日だけは特別記事とさせていただきます)


今後共、宜しくお願いいたします。


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13. ジェラルド


    学校の友人である、市長の息子エンリコ、ルチアーノと共に審問の判決を聞く。


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 神の代理による裁き? 本当にそう思っているのか? エンリコ、お前は


どうしてそんなものを信じることができるんだ。何かおかしいとは思わない


のか。俺は苦々しく感じながら、熱に浮かされたような友人の横顔を眺めた。


これが信仰というものなのか。その純粋さと熱狂には羨望を感じないでもな


かったが、自分には無理だと思った。もうエンリコを自分の友人として見る


ことは、とてもできそうにない。自分とは違い過ぎる。


 ルチアーノはどうなのだろう。彼も結局はその他大勢の一人ということか。


雰囲気に飲まれて、もう自分では判断ができなくなっている。ここにいる大


抵の人間はそうなのだから、ルチアーノが判断力を失うのも無理のないこと


だ。彼は周りの連中のように、友人と一緒に魔女たちを罵り、嘲り、笑い、


恐怖を分かち合いたかったのだろう。しかし、気の毒なことに、異様な雰囲


気の俺とエンリコに挟まれて、ひどく戸惑っているようだ。お楽しみを台無


しにして悪かったが、自分には到底無理だ。この周りの連中と一緒になるな


んて。


 しかし、ルチアーノにはまだ迷いが見てとれるだけ、救いがあるというも


のだ。まともな人間なら、それが当然だ。魔女として断罪される人たちの中


には、つい最近まで一緒にいた人たちがいるのだから。


 マルタさんやマルティーナが魔女だって? 俺はこの目でその人を見て、


この耳でその言葉を聞いている。だから自分を信じるだけのことだ。ここに


集まっている連中の目は節穴だ。何も自分で考えようとしはしないし、何が


正しいかなんて一秒たりとも考えたことなんかないのだろう。魔女が裁判に


掛けられるのを見て、日々の不満や退屈を一瞬、忘れようとしているだけじ


ゃないか。


 物思いに耽っていると、周囲からどっと笑い声が起こって、我に返った。


自分の目の前では、信じがたいような光景が繰り広げられていた。


 教婦長のマルタが刑吏の足に縋って、泣き喚くように命乞いをしていたの


だ。助けて、もう罪を認めて悔悛した、だから殺さないでくれと、刑吏の足


に縋り、まるで地面にしがみつくかのように、そこから一歩も動こうとしな


い。その様子がおかしいから、人々は笑っているのだ。


 自分は怒りに震えるのを感じた。はみだし者で、家族からさえ疎まれてい


た俺をいつも叱ってくれたのは、このマルタさんだった。どんなに言葉が厳


しくとも、いつもその目は微笑んでいた。その眼差しを忘れたことはない。


笑っているお前たちだって同じじゃないのか。この人は一生を掛けて沢山の


子供たちを教育し、世の中に送り出してくれた。お前たちは、その一人じゃ


ないのか。


 一歩たりとも動こうとしないマルタに、刑吏の一人が業を煮やし、マルタ


の尻に松明の火を押し付けた。マルタは悲鳴を上げて、とび上がった。尻か


ら煙を上げながら。


 それを見た人々が一層の笑い声を上げた。


 この屈辱、この冷酷。


 周囲の喧騒に耳を塞ぎながら、俺は心の中で繰り返し叫んだ。
 

 俺は違う、絶対に違う。俺はお前たちの仲間なんかじゃない。







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