第1部 「告白」、第1章「マレド群像」、第10節 (3) | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録



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今回は魔女として捕らわれたマルティーナの証言の続きとなります。


続きは3月3日にアップします。


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10. マルティーナ (3)


1641年当時、25歳。教師。その美しさばかりでなく淑女としての評判も高かった。恋人との


婚約も整い、前途を祝福される時、突然、魔女として告発される


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 私はすべてを審問官に話しました。ジョットーは満足そうに頷きながら私


の話を聞いていました。時折、質問をされましたが、相手の顔色を見ながら、


望み通りの答えをしました。そして、思っていた通り、サバトに参加してい


た魔女の仲間たちについて尋ねてきました。私は前もって考えていた通り、


非の打ち所のない尊敬すべき女性たちの名前を次々に挙げていきました。私


の話をまともに受け取るならば、ジョットーといえども困難な立場に追い込


まれることは必定です。しかし、ジョットーの表情からはいかなる逡巡も読


み取ることはできませんでした。ただ、書記が私の告白を総て記録したこと


を確かめると、機械的に幾つか短い言葉で指示を出しただけでした。まるで


決まりきった手続きを行うかのように。


 告白が済むと、私は審問室から連れ出され、元来た所とは別の場所に連れ


ていかれました。私が連れていたれた所はドアに鉄格子こそ嵌っているもの


の、明かり採りや、粗末ながらも寝台のある小さな部屋でした。前の晩に閉


じ込められていた、獣の檻としか言いようのない所に比べれば、人間扱いさ


れるだけでも天国に来たような心地がしました。このような待遇の変化が示


すことは一つだけだと思いました。私の審問は終わったのです。自分は最悪


の危機を乗り切ったのだと思いました。


 その日の夜になるまでは。



 その日の夜、私は自分が大変な思い違いをしていたことに気が付きました。


建物の奥の方から、女の悲鳴が聞こえてきたのです。それも一人だけではあ


りません。半狂乱の叫び声であっても、その声の幾つかには、確かに聞き覚


えがありました。


 何と言うことでしょう。ジョットーは何のためらいも無く、私が名前を挙


げた女性たちを全員捕らえてしまったのです。そして、それを止めようとす


る人間は、この街にはいなかったのです。私は何と愚かだったのでしょう、


何ということをしてしまったのでしょうか。私は自分が一緒に叫びたくなる


のを堪えることができませんでした。私は泣き叫びました。この破滅の前で


は、良心の呵責さえも何の意味も無いように感じました。自分は罪を認めて


しまったのです。私は魔女として生きたまま焼かれるのです。


 何の罪もない人々を道連れにして。



 私は抜け殻のように独房に座っていました。自分が発狂しないのが不思議


だと思いましたが、もしかしたら、もう発狂していたのかもしれません。こ


の世の中の何がまともで何かまともでないのか、もう全く分からなくなって


いたのです。神がいるのなら、なぜこんな不条理が行われているのを放って


おくのでしょう。神の家で、神の僕たる修道士によって行われる、この非道


には何か理由でもあるのでしょうか。なぜ世界はこんなにも奇怪で、危険と


敵意に満ちた場所なのでしょう。


 女たちが連れて来られてからというもの、一日の休みもなく廊下の奥から


悲鳴や絶叫が聞こえてきました。当然のことですが、私のようにあっさり罪


を認めてしまう者はいません。審問は何週間も続き、最初は魂に突き刺さる


ようだったその声にも、私はやがて慣れてしまいました。慣れたというより、


これほどまでに不条理な世界にいては、道理も感情も無意味となり、何もか


もがどうでも良くなってしまったのです。


 それでも、ロレーラの悲鳴が聞いた時には、血が凍る思いがしました。歌


手のジュリエッタに紹介され歌劇場で会って以来、私に親しくしてくれたロ


レーラ、あの優美な貴婦人が声を限りに泣き叫んでいました。


「審問官様、私が何をしたというのですか。なぜこんな目に遭わせるのです


か。私が何をしたのか教えてください。そうすれば、私は貴方の望む通りの


ことを告白します。どんな罪でも認めます。だから、もう拷問はやめてくだ


さい。どうぞ私が何をしたのか教えてください」



 やがて数週間が過ぎ、僧院の中は再び静かになりました。彼女たちは総て


を告白し、審問は終わったのです。次に待つのは判決の日です。街の人々は、


猿のように石を投げ、蛇のように唾を吐き、カラスのように不吉な声を上げ


て、私たちを迎えてくれることでしょう。