続きは1月21日にアップします。
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4. 異端審問官ジョットー
裁判結審の前日、異端審問所にて
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審問手続きの全てが終わり、私はやっと一息つくことができた。残った仕事は、
明日、この判決文を読み上げ、世俗の裁判所に魔女共を引き渡すのみだ。
私は慈悲深い人間だ。その罪がいかなるものであるにせよ、女たちを審問で
改悛させることができたのだ。改悛したからには、神は無限の愛で罪深い女た
ちをお許しになり、その門を開き給うことだろう。私が魔女たちにしてやれる、た
った一つの、そして最高の慈悲とは、改悛を引き出し、その迷える魂のために神
に祈ることだけなのだ、
私は疲れきった体を背もたれに預けた。マレド、この一見、平穏そうに見える
この街は、実は以前から異端との闘いの最前線だと聞いてはいたが‥‥、それ
にしても驚くべきことではないか。魔女たちが疫病の如く広まっている様は。まる
である種の不潔な昆虫のように、焼いても焼いても新たに現れる。しかも、今度
は皆、教育も人望もある貴婦人たちばかりだ。前任の審問官は裁判の実行に慎
重だったということだが、全く残念なことだ。そのような曖昧な態度が、悪魔をの
さばらせ、このような危機を招いたのだ。しかも、ここの市長マウリツィオは、これ
までも度々審問に介入したり、被疑者の逃亡を助けたりしたと聞いている。なぜ
そんなことを許しておくのか理解に苦しむ。
信仰の足りない者には、悪魔の存在を感じることができないのだろうか。自分
には見える。暗闇の奥に火のように燃える、あの邪悪な赤い瞳。自分には聞こ
える。深夜、窓を叩く風の音に混じる、得体の知れない唸り声が。しかし、私は
恐怖に屈したりはしない。私は神の子にしてキリストの兵士なのだ。
私は高ぶる気持ちを抑えるため、これまで何度もしてきたように、傍らに置か
れた一冊の書、偉大なるハインリヒ・クラマー師とヤーコプ・シュプレンガー師に
よって書かれた「魔女への鉄槌」を開いた。一人の異端を滅ぼすためなら、無
実の者千人が犠牲になることも厭わず。この書は異端審問の手続きばかりでは
なく、審問官たる者の心構えを教えてくれる。
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5. フォスカリ夫人、(そして市長マウリツィオ)
1641年当時 32才。女教師マルティーナの告白に基づき、魔女の仲間とされた
五名の女性たちが逮捕された日の夜。サロンとして開放された私邸にて。
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あの方――マレド市の市長であるマウリツィオが、部屋の中を何度も行ったり
来たりしながら、繰り返していました。
「何てことだ。どうしてこうなった。何でこんなことが許されるんだ」
「貴方、滅多なことを言って、他人に聞かれたりしたら、面倒なことになりますよ」
と私はたしなめました。「少し落ち着いてくださいな」
「これが落ち着いていられるか。これまで子供たちの教育や人々の喜びのために
尽くしてきた、非の打ち所もない女性たちが、生きたまま火炙りにされようとしてい
るんだぞ! 神はどこで何をしておられるのだ」
「何ということを! 今度、罰当たりなことをおっしゃられたら、本当に怒りますよ」
私がぴしゃりと言うと、マウリツィオはやっと私の横に腰を下ろしてくれました。
「すまなかった、許しておくれ」マウリツィオは両手に顔を埋めて言いました。「し
かし、自分の無力さが歯痒くて、どうにもならないのだ。それにしても、なぜあの
淑女たちに魔女の嫌疑が掛けられるのか、それに対して弁護の機会も与えられ
ないとは何たることだ。教会に異議を唱える方法はないのか」
「あのジョットーという審問官は、誰の言うことも聞くことはないでしょう。自分は神
の側に立って、正義を行っていると固く信じているのですから。私はマルティーナ
のことをよく知っています。勿論、あの子が魔女であるなどとは露ほども信じては
いませんわ。なぜマルティーナに魔女の嫌疑が掛かったのかというなら、恐らくは
誰かの恨みを買ったとしか思えません。美しい女性がいわれのない恨みを買うこ
とは、別に珍しいことではありませんからね。マルティーナはちょうど、かねてから
の恋人と婚約をする所だったと聞いています。そのことと関係が無いとは思えま
せん」
私の言葉を聴いて、マウリツィオは驚いたように、顔を上げました。「婚約だっ
て? 君はなぜそんなことを知っているんだ?」
「知らないのは貴方だけですわ。こうしたことに殿方は本当に疎いんですのね。
たまには女性だけが集まる場所にいらっしゃればいいのに。誰も噛み付きはし
ませんよ」
「こんな時に変な冗談はやめてくれ。しかし、告発されているのはマルティーナ
だけではないぞ。教婦長マルタやロレーラ。イルヴァや歌手のジュリエッタは?
あの非の打ち所もない淑女たちが、なぜ魔女として告発されなければならんのだ」
「ああ、そのことです、私が心を痛めているのは」私はそう言いながら、目から涙
が溢れてくるのを感じました。これまで、考えてはいけないと自分の中に押さえ込
んでいたものが、マウリツィオの言葉で不意に意識の表面に浮かんできてしまっ
たのです。「最初に告発されたのはマルティーナです。ということは、マルティーナ
が魔女の仲間として名前を挙げたのでしょう。あの優しいマルティーナにそんなこ
とを言わせるとは……、彼女がどんなに恐ろしい目に遭わされたか、考えるだけ
でも胸が張り裂けそうです。マルティーナは美しく善良であるばかりか、とても賢
い娘でした。しかし、その賢さが今回ばかりは悪魔に利用されたとしか思えませ
ん」
「どういう意味だ。やはりお前もマルティーナが悪魔の手先だと言うのか?」
「いいえ、違います! ただ、彼女には彼女の考えがあったのだろうと、言ってい
るだけです。それが何であるかは、マルティーナにしか分かりません。しかし、今
回の件では何かとんでもない間違いが起こったとしか考えられません」
私たち二人は口を閉じ、それぞれの物思いに沈んで行きました。
「こんなことを続けさせるわけにはいかない」 マウリツィオが呟くように言いまし
た。「何とかしなければ」
「貴方ならきっと出来ますわ。貴方はこの街の市長じゃありませんか」
「私を買い被らないでくれ給え。私は自分の息子一人も満足に導くことのできな
い、無力な男なんだから」 彼は力無く笑うと、私を後ろからそっと抱き寄せまし
た。
「息子さんのエンリコのことなら心配ないわ。頭の良い子だもの。今は理解しあ
えなくとも、いつか分かってくれる」
「それに君を失うことになりそうで怖いんだよ」
「私なら大丈夫よ。どこまでも逃げてみせるわ。これまでもそうしてきたのだから」
私が悪戯っぽく笑うと、私の可愛い人はすねた子供のような顔をしました。
「そうか、きっと私は置いていかれるんだろうな」
「そんな心配をしないで。貴方のために髪を切って、一筋の道しるべを残していく
わ、アリアドネの糸のように。貴方は私の髪を辿って、きっと私の所まで来られる
わ。私は髪に薔薇の香りをしたためておきます。決して貴方が間違えることのな
いように、貴方だけに分かるように」
マウリツィオは私の髪に顔を埋め、深く息を吸い込みました。私の胸元に置か
れた彼の手は、ゆっくりと、求めるように滑り降り、服の内側へと入っていきまし
た。私はその手の動きにつれて体を反らしながら、静かに目を閉じました。これ
以上の言葉は、もう必要ありませんでした。