sick -85ページ目

無題

苦労とか失敗とか悲しみとか苦しみとかなんか色々、こういうネガティブな出来事って、僕の人生の中では大体自業自得だったし、自分の未熟さによるものでした。


でも、


世の中には「自分のせいじゃない」のに、傷つかなきゃならない人がいる。



僕は家族を殺されたこともないし、

レイプされたこともない。

冤罪で痴漢認定されたこともないし、

大切な人を酔っ払いに轢き殺されたこともない。

虐待されたこともなければ、

親に捨てられたこともない。


だから、


意図せず僕の軽率な言葉が、そういう人を傷つけてしまうことはあるかもしれない。


でも、これだけは言いたい。


おいら、そういう人の気持ちをいつでも尊重できる人間でいたいし、その苦しみを理解しようとする努力は怠りたくない。


満ち足りた人生を生きている人間の価値は、満ち足りているそいつら本人が自分で決めればいい。


でも、


心に傷を抱えている人間の価値は、誰かが気付かせてあげないと。


それを可能にするのが、






愛だ!







じゃ。








僕がバンドをやらない理由

下ネタって一概に言うけど、下ネタの境界線ってどこなんですかね。


一応僕にとって、うんことかちんちんってのは、もうコレ朝ごはんと晩ごはんみたいなもんでね、無害で実用性のある下ネタなんですけど、基本的に女性器的なものはアウトでね、あと、ちんちんのことを「ぽ」で締めくくるってのも、これ、品がなくてアウト。

いくら下ネタとは言っても、やっぱりそれってのは健全であるべきと言うか、人に何も勘ぐらせない下ネタってのが無害で心地いいと思うんですよ。影響力のない言葉って言えばいいんですかね。


「うんこ!」あははー


「ちーんちんちん!ちんちっちん!」あははー


くらいがいい。


「まん○!」え?あ、あ…ははー……


これあんまよくない。


まぁ、


バンドもそんな感じです。




え?


わからない?





いや、

たとえば僕がこのブログで「セッks!」なんて書こうものなら、健全な企業を理想として掲げているこのブログサービスの提供者としては、「これは規制しなきゃならん」なんつって「このブログには不健全な表現がどうのこうので公開できません」みたいなことになるわけです。


残念ながら実証済みだ。


めんどくさいけど、しょーがない。


そういうことですよ。


せkっくsの何が不健全なのかよくわからないけども。


ブログランキングのトップに常々ランクインしている妊娠してる女優さんとかタレントさんに「先日のセkツksは最高でした!熱烈すぎて頭痛がしました!」とか書いてほしいよね。

よく考えると全然過激でも何でもなくて、「就職する」よりもずいぶんと人間らしくて自然な行為なんだけど、男女交わるその行為が不健全なキーワードとして「ダメっ!」されるわけです。テレビに出てる人がそういうことを書いたなら、読者からは「過激な人だ!」というレッテルを貼られるんだろうな。意味のわかんない損害賠償とかそういうもんを気にするあまり。

人の価値観ってうすっぺらいわねオホホ。



え?


まだわかんねぇ?




だから!人が複数人集まると、大体どこかでガマンとか妥協とか譲歩とか規制とか、そういうものが生まれるってこと!だからバンドってめんどくせぇ!めんどくさいんだ!音楽が好きだから音楽やってんのに、ゆくゆくは音楽以外のものを気にしなきゃなくなる。権利とか著作とか名義とか完成度とかタイミングとか方針とか形式とか反応とか評価とかプライドとか!


一番重要なのは、イメージの定着だ!


バンドで売れて、その後ソロ活動を始めるミュージシャンって少なくないでしょ。


リスナーとしては、“ソロ”よりも“バンド”のイメージが強くて、なかなかソロの音に馴染めない。本人にとってはそれが本来の自分の音であっても──だ。


これがイヤ。


たとえそれが一瞬であっても。


本当の自分が伝わらないその一瞬の間が、発信者にとっては非常に気持ち悪い。


かと言って、


ソロになってもバンドの頃とあまり変わらないサウンドをお届けするミュージシャンもいる。


「そんだったらバンドのままでよかったじゃん」とリスナーに一蹴される。


こんなこと言われるくらいだったら、最初から自分で最後まで自分でいいよ──って思う。


素直なままでいいじゃん、って。






売れる売れないは関係ない。

「自分」か「自分じゃない」か。

これが大きな境界線。

「うんこ」か「ちん○po」かの大きな境界線。

まぁ、

音楽を「売る」ってのにも僕は違和感を感じているんだけど。


よく「プロ志向です」みたいなことを言うバンドマン、いるでしょ。

プロ志向って何よ?

音楽をやる人間としてプロかプロじゃないかを問うたら、お前よか俺の方がプロ志向だよ!って思うんだ。

俺よりもそいつの方が音楽を愛しているのかもしれないけど、

あるいは音楽的な知識も技術も俺より上かもしれないけど、

「物を創る」って、そういうことじゃねぇだろ。

「プロ志向」ってことは、

「それで食っていきたい」ってことだよね。

つまり、

「音楽で金を稼ぎたい」ってことだよね。

じゃあ、

結局目的は音楽じゃなくて金じゃねぇか!


そんな奴にプライドとアイデンティティーで負ける気がしない。

たとえ、俺が音楽で一銭も稼げなかったとしても、

「お前のやってる音楽は肥溜めの中で聴くと栄えるね」なんて皮肉を言われたとしても、

「なんでアイツ音楽やってんの?」と某ちゃんねるで叩かれたとしても、

「音楽を愛してますか?」と訊かれて、素直に「はい!」と答えられなくても、

物を創るからには、自分のプライドを持ってやってんだ。

金を稼ぐため?

違うよ。

自分らしい人生を生きるためにだ。

“プロ志向”のお前と、独り善がりな俺、

その上で、

どっちが本物のプロだよ?と問いたくなるわ!


はい、これがバンドをやらない理由です。

わかりやすかっただろう!


まぁ、

モテるためにバンドをやる奴もいるんだろう。

俺も最初はそうだったし、バンドやってりゃ実際にモテる。

健全じゃない下ネタオンパレードだ。

それって、10代の小僧にしちゃあ健全な動機だよ。

「モテたいからやってます!」なんて小僧バンドがいんなら、

そいつらのCD買ったるわ。

「金のために音楽やってます!」っておっさんバンドがいんなら、

まぁ、内容によっちゃ買ってもいいわ。

CDを買うことに抵抗はない。

世の中、聴き込めば「いいなコレ」って思えるような音楽ばっかりだからな。

AKBとか「クソの真似事か!」って思うけど、

ちゃんと聴いたら意外とよかったりするんだ。

「こればっかりは聴くに耐えない。クズの音楽だ」と思ったことは、

俺の記憶ん中じゃただの一度もない。

シロートであれクロートであれ。


シロートでもクロートでも、本当は同じ土俵。

だから音楽って楽しいのに。

裏表の思惑なり駆け引きなり金なり、音楽以外の動機がある音楽ほどかっこわるいものはない。

曲調とか音質とかそういうのとは別の次元で。

姿勢として。


「じゃあ、チャリティーとかやってるYMOはかっこわるいのか!?」


とか、


「著作権にうるさい奥田民生とかメタリカとかはかっこわるいのか!?」


なんて、ひねくれたことを言う奴もいそうだけど、


こいつらがかっこわりーわけねぇだろ。


自分の耳でちゃんと聴け。








でも、

創作意欲がある奴って、

結局バンドじゃ満足できなくなる。

色々な面から「一人でやった方が楽」ってことに気付くんだろうな。

だから俺は、

歌がうまい話題のバンドよりも、

ひきこもってチマチマと自分なりの音楽を体現しようとしているオタクが好きなんだ。


まぁ、

最近は曲を気軽に作れるような環境になったからか、

音楽を舐めてるとしか思えねぇクソも増えてきているみたいだけど。


場数踏まないで音楽のエセ知識をひけらかす奴は嫌いだ。

ケンカしたことねぇのに、人の急所にだけは詳しい気弱な奴みてぇ。

「あ、こいつは本気で音楽が好きなんだな」って感じる人間と、

そうじゃない人間の境界線って意外なほどハッキリしてる。

それを「センス」って言葉でかたつけるのは、

パソコンとグラフィックボードの相関性の悪さを「相性」って言葉だけでかたつける業者くらい卑怯だ。

合理的じゃないし積極的じゃない。


結局、

センスを語るには、

それなりの創作意欲と経験、

そして、

「モテたい!」じゃなくて「創りたい!」という衝動のパワーが必要なんだと思う。


音楽みたいに感覚的なもんなんて、

結局金には換算できない。

俺の音楽なんて、

一銭の価値もない。

まぁ、

「一曲300円です!」なんつって販売したら、

買ってくれる人も中にはいるかもしれない。

じゃあ、CDを300円で売りました。

その300円、何に使うんだよ。

タバコ買うのか?

タバコ買うために音楽やってんじゃねぇよ俺は。


まぁ、

CDプレスしたり印刷したり、

金がかかる行程ってのは少なからずあるよね。

だから、

おいらはCD販売ってのは合理的じゃないと思うんだよ。

ネット配信でいいじゃん。

データ配信すりゃいいじゃん。

「いい音楽ってのには、色々な人件費がかかるんだ」って?


知るか!


金がかかるのは、制作陣の努力が足りねぇからだろうが!、と。







「あんたの曲を百万円で売ってください」と言われても、

おいらは売る気はない。

自分の音楽をやるために投資した金は、

おそらくゆうに百万を超えている。


その百万のために新しい曲を作ることはあっても、

百万円のために創ったわけじゃない曲は百万円のために売れない。

そもそもそんな価値なんてねぇだろうし、

人がどういう価値をつけようとも、

それには代えられない価値が自分の中にはある。


数万円のために曲を作ったことはある。

そん時は、

数万円で売るために数万円なりの曲を作った。

クソだったとは思わない。

そういう機会があるたびに、

俺は全力を尽くした。

いい曲ばかりだったと思う。

でもやっぱり、

ニーズを先行するのって楽しくないし、苦痛なだけだ。


物を創るってのは、こういうことだと思う。

その時に降って沸いた情熱とか直感とか興奮とか思い出とか、

そういうものを「人に伝えたい!」とは思っても、

それを「換金したい!」と思うようになったら終わりだ。


作り手にも色々な感情がある。

それを権利諸々金で売るなんて、

とうていできっこない。

人生の切り売りみてぇ。





「他人のために音楽をやってんじゃねぇよ!」


こういう言葉って、色々な解釈ができる。

「逃げ」とも取れるし、「言い訳」にも聞こえる。

独り善がりで自己中心的な言葉だとも思う。

でも、

俺はそういう誤解は、恐くない。

なぜなら、

俺は人のために音楽を作って、それで喜んでもらえるのがすごく好きだし、

自分のために作りたい音楽を作ることがすごく好きだからだ。


「聴いてね!」とは思わないし、


「買ってね!」なんて今までもこれからも言わないだろう。


「着いてこいよ!」なんて思わないし、


「期待しろ!」とも思わない。


それでも、


僕の音楽を愛してくれる人には「ありがとう」と思う。







音楽だけに限らず、

物を創る人には、

こういう気持ちを忘れないでもらいたいな。


新鋭作家の造形作品が三十万円!?









いらねぇよ!









無題

どーんだけ、偉そうなことゆーてもですよ、


あんたのうんこも、




茶色いでっしゃろーー!




どうも、切羽詰ってるシッキーです。