果汁30 %の人生
僕、非科学的なものって好きじゃないんですよね。
たとえば、宗教とかおそらく「嫌い」という類に入る。
なんでって?
世の中、大体のところは金が絡んでるからだ。
大衆的な生き方をしていると、大衆的じゃない生き方をしている人間の本心なんて見えない。でも、大衆的じゃない生き方をしている人間には、大衆というものがよく見えている。だから、「搾取したれ」という悪意のような動機を持って市場をコントロールしようってな奴が出てくる。
宗教どころか、大手企業だって俺は疑ってかかるからね。
テレビでCMばんばん流してるから安心だ?
アホじゃね。
信仰ってのは、僕は人間には必要なものだと思っているんです。
文化だからね。
文化を伝統できる人間のこの知性と知恵は、何にも代え難い財産だ。
ただね、
それを金に換えようって奴があまりに多いわ。
真心どこいった?
サービスを操作する側の人間の本質ってのは、大体の動機が金だ。
金ってのは、金額が重要なんじゃねぇぞ。
動機が重要なんだ。
金儲けのためにサービスを提供しようとする人間がクソみてぇにいる中で、そいつらを信用して、あまつさえ自分の人生を預けるような真似なんて、それこそアホじゃなきゃできねぇだろ。
消費者を愛してくれる供給者って、すごく少ない。
どこぞのお店では、スマイルが0円だって?
愛のねぇ笑顔なんざ、ただでもいらねぇだろ。
どこぞでは、売るための作物と自分ちの作物を別に生産してるだ?
「なんで?」って、疑問を持つまでもなく想像はできるよな。
ところが、
形だけの善意で満足しちまうアホな奴が多いから、
ここにきて偽装だの何だの、くだらねぇことが問題になるわけだ。
今さらだよね。
「え?形だけでいいんでしょ?」って、提供者が言い始めたら、
「それだけじゃヤダ!」って、受ける側がさわいでるだけの話。
今さら何言ってんだよ。今までもこうだったじゃねぇか。おめーら、それで満足してたくせに、耐性ついて欲張ってんじゃねぇよっつーことだろ。
別に、供給者の本音を代弁しているわけじゃないよ。
むしろ、消費者が謙虚さを持った上で、もうちょい賢くなったらいいのになって話。
これ、別に今に始まったことじゃねぇからな。
消費者がアホだから、手抜きの慣習が供給者ん中で当たり前のようにできあがっちまっただけだ。
不祥事が発覚するたびに企業が謝罪して、責められて、どうのこうのくだらねー茶番みてーなことやってるけど、どっちもどっちだよ。アホのために物を売る奴がアホになんのは当たり前の話。
反面、僕はオカルトが大好きだ。
エンターテイメントとしてね。
占いだってそうだし、心霊特番だってそう。
こいつらは、エンターテイメントとしては優秀だよ。
びっくりするのは、
それを鵜呑みにして、自分で理解できないものに人生を丸投げするような奴が多いこと。
占い師に洗脳される奴とか。
芸能人が洗脳されると話題になって「変な人もいるもんだねー」なんて話になるけど、実際、けっこー身近な一般人でも、変な奴に洗脳されて変な人生送ってる奴とかガチでいたりするからな。
そういう人間を見ると「あーアホだし頭悪いんだろうな」と思うよ。悪いけど。ほんと、これ読んでる奴でそういうのがいたらホントごめんだけど、俺みたいな人間からすると本当に「頭わりぃなこいつ」程度にしか思えねーんだよね。
確かに、世の中目に見えないものもたくさんあるわ。
だけど、目に見えないものを想像力で補える奴って、基本的には目に見えないものに踊らされないよ。たとえば、人の心だ。
人の心は目に見えないけど、想像力があれば、あるいは共感能力があれば、それを理解することは不可能じゃない。それを行なうためには、人生経験が必要だ。自分が経験したことのないものを経験している人間の感情を理解するのは、確かに難しい。
単純に、俺の経験からすると、合理的じゃないもんに入れ込む奴ってのは、大体どこかに問題がある。やれ借金があるだ、やれ人間関係がうまくいってないだ、やれ満たされない、仕事がうまくいかない、恋がうまくできない、家庭環境に問題がある、何だかんだうまくいかない。うまくいかないけど、自分でどうにもできない。はい何かにすがろう。っていうね。
自分のせいでそうなったわけじゃない!って奴もいるんだろう。
そういう奴には、皮肉ではなく心から同情する。
でも、
やっぱそれって自分で変えなきゃダメだ。
人を変えなくてもいい。
自分を変えなきゃ。
で、それをやる覚悟のねー奴が、どこかに救いを求めて他力本願な生き方をする。
その結果がそれ。
洗脳。
浪費。
信用失墜。
くだらね。
「助けてー!」って、心の中で叫んでるんだろう。
でも、その心の声を言葉にできないから、それを言葉にしなくてもいい何かにすがろうとするんでしょ。
言っておくけど、そんな生き方をやめねぇ限り、何ともなんねぇぞ。
実体のないものを信じて、それだけで「幸せになれました!」ってんなら、それこそ棚から牡丹餅だよ。「じゃあいいんじゃね」っつー話で、
でも、根本的な「お前自身の問題」ってのが解決されてねーから、結局いつか同じことを繰り返すんだ。人生って有限なんだぜ。てめぇの未熟さなり弱さなりを克服することを嫌って、何かにすがろうとして時間を無駄にすることほどバカらしいことはねぇだろよ。
てめぇの人生、てめぇで生きるしかねぇ。
生き物のその原則から逃れたいって奴がそれだけ多いってことなんだろう。
信仰は、確かに人の励みにもなれば、支えにもなる。
それだけよ。
「励みにもなるし、支えにもなるでしょ?だからあなたも入りなさい」みてぇなこと言われてもな、まったく共感できねぇ。なんでって、俺、弱くねぇもん。俺の弱さにつけこもうとする前に、おめーが強くなれって話だよな。すげー余計なお世話だよ。あっち行けばいいのに。
問題を解決するためには、その問題と向き合わなきゃいけねぇよね。
宝くじが当たったとか、
懸賞が当たったとか、
そういうことを「信仰を持っていたお陰です」みたいに言う奴いるけど、
じゃあおめぇ、宝くじ当てるために何かを信仰してんのかと。
安っぽいな!
懸賞あたって満足な人生なら、まぁそんなもんか!
偉そうだって?
うるせぇよ。
俺の言ってることを「偉そうだざけんな」って感じるってことは、お前、俺よか小せぇ人生を送ってるってことだよ。もうちっと自分の力でがんばってみろって。少なくとも俺よりはマシになれるから。
何が言いたいのかっつーとね、
別にどんな信仰を持っていようとも、
どんな趣味を持っていようとも、
それはてめぇの勝手だ。
だけど、
他力本願な生き方をしても、何もいいことねぇってこったよ。
俺はダメな生き方してきたし、親にもずいぶんと頼った。
てめぇのケツをてめぇで拭けなかったこともあったけど、
そういう経緯で学んだこともある。
俺が言いたいのはただ一つ。
てめぇの人生、安売りすんな!ってことだ。
世の中、信じるに値するものとそうじゃないものって、残酷なほどに明確だ。
その残酷さにまっこうから向き合ったら、自分の醜悪な一面とも向き合わなきゃなんねーかもしんない。
でも、
人なんて所詮賛美するに値しねー生き物なんだから、
自分が無価値な人間であることを恐れるな!
価値ある人間なんていねーよ!
自虐的にではなく、合理的に物事を見てみると、そういうことがわかってくるんじゃないの?っていうお話でした。
ごめんね、偉そうなこと言って、
でも、俺は本気よ。
え?「シッキーは人に胸張れるような生き方してんのか」って?
その質問には、胸張れるようになってから答えるわ。
じゃ。
甘くてすっぱい人間関係
すいませーん、オムライスと親子丼セットくださーい。
洋食屋のメニューは、人生そのものだ。
なんでお前らが共存しているんだ?
そう問いかけたくなりたくなることがある。
答えは至極単純。
それを求める奴がいるからだ。
俺達は、洋食屋のメニューほど、人生や人に対して多くのものを求めているだろうか?
いや、そんなことはない。
それなら、人生ってのは、おそらく洋食屋よりも単純なんだろう。
俺達が人生に求めているもの。
俺達が洋食屋に求めているもの。
それはきっと似ている。
「おいしいものが食べたい」
洋食屋の、とびっきりのメニュー。
その反面、
養殖ではない、本物の愛。
気が付けばもう暦も11月を終えようとしている。
あれ、来月クリスマスがある月じゃね?って思うわけ。
「じゃあ、今年のクリスマスはどうやって過ごそう」と考える。
そういえば、誕生日も間近だ。
「誕生日、何が欲しい?」と訊かれても、
本気で欲しいものがない。
「じゃあ、情熱的なフェラチ○で」としか答えようがないレベル。
俺達は人生に何を求めているのかと言うと、
実は何も求めていなくて、
満たされることだけに期待を寄せているんだろう。
実のところ、
自分を満たすための方法ってのはたくさんある。
多くの人は、
その方法に気付いていないだけなんじゃねーかと思う。
根拠のないストレスに悩まされている奴は、
とりあえずイチゴにメープルシロップをたっぷりかけて食べてみればいい。
甘くてすっぱい満足感を実感できるだろう。
人生も、
人間関係も、
甘くてすっぱい。
メープルシロップたっぷりのイチゴくらいに、
それらが魅力的なものなんだって、
すぐに気付けるはず。
まぁ、
俺、甘いもの好きじゃねぇけど。
あと、
人もあんま好きじゃねぇけど。
あ、ちょっとクロワッサン食べるわ。じゃ。
無題
こんにちは、シャズなです、
ロンドンなんたらっていうコンビの、性格悪そうだと思われている人の方。
あの方、どうもアンチがたくさんいるみたいだし、その理由もまぁわかるんだけど、「性格悪い」ってのも、これまた一つの才能だと思うんです。
僕も性格悪い類の人間だから、特に文章的な描写はね、性格悪い人間をモチーフにして、そこからユーモアを生み出したいという気持ちがとても強い。だから、性格いい人には想像もできないような悪態なり悪口をことごとく駆使するし、人をバカにしてコケにして、「うわぁ、読んでるこっちが引くわ」という、嫌悪感ではなく、そこから快感や清々しさを表現したいという想いがあります。想いと言うか、スタイルと言った方がいいかも。単純に、とことんまで性格悪い奴が好きなんだ(友達にはなりたくねーけど)。
ただね、基本的に「性格悪い」ってのは、コンプレックスになる類の欠点ってなもんで、原則として性格悪い奴は──
1.実生活においては、人に実直な態度であること
2.嘘をつかないこと
3.陰口を叩かないこと
4.謙虚になること 等々
こういうね、諸々の心得があって初めてそれをそれとして評価されるものだと思うんだよ。文章だけではなく、人生そのものが。
性格悪い奴の最大の敵は、自己顕示欲だ。
例の彼は、少し自己顕示欲が強いのかもしれねーね。
でも、芸能人なんだから、それも含めてエンターテイメントとして楽しめばいいと思うんだよ。
そう考えると、
視聴者の気持ちに余裕がなくなっているのか、
あるいは良くも悪くも芸能人ってのが、より身近な存在になっているのか。
いずれにしても、「芸能人」ってのは選ばれた特別な人々であるという形がもっとも理想的なんだろうけど、最近のそれは、どうにも低俗だし人間性の乏しい奴らもちらほら見受けられる。
小さい頃は純粋にドリフとか好きだったけど、今、テレビにまったく興味を持てないというのは、こういうところに些細な原因があるのかもね。
俺の人間性?
俺は実生活でもけっこー色々な奴に嫌われているんじゃねぇかなあ。
俺の人間性に期待すんな。おそらく、クソなんだろう。
でも、俺は実直に生きているつもりだ。
いい奴の振りして、人に対して誠実に生きようとしねぇ人間の方が問題あんべ。
実直に生きられない社会に問題があるって?
人のせいにしてんじゃねぇ。
自分の弱さを何かのせいにして生きたって心地良くねぇだろ。
「自分らしく生きる」ってのは、その覚悟がなきゃできないよ。
自分が間違っていたと思うなら、素直に「ごめんさい」と謝る。これも、覚悟がなきゃできねぇ。
大切なのは、実直さ。
なんで人って素直じゃねーんだろうな。
まぁ、俺も反省すべき点はたくさんある。
人として洗練されるのって、すごく難しいことだよね。
でも、その志は失いたくない。
美しい生き方ね。
今までどーしようもない生き方してきたから、
余計にそう思うよ。
次回、「甘くてすっぱい人間関係」へと続く──