私のブログに来ていただいて

ありがとうございます。

このブログでは神経発達症(ASD,ADHD)の

長女についてメインに書いています。

 

こんばんは。

久しぶりの更新です。

 

春休みになり、長女はのんびりと自分の好きなことをしています。

この時間がとても大事ですね。

 

春休みの直前に私は学校から呼び出されました。

長女が友達とけんかして流血したと。

 

はい?!

大急ぎで学校に向かいましたよ。

担任ともう一人の先生がいて事情を教えてくれました。

学校帰りに長女が友達3人と帰っていた途中に、

友達の一人Aが長女にAの友達が言っていることを伝えたそうです。

でも、その話が長女にはうまく伝わらなかったようで、

それをどういうことかちゃんと説明してほしいと伝えたようですが

長女には伝わらないままAは怒って帰っていったそうです。

それを長女が話はまだ終わってない!とAを追いかけていったところ

転んで流血したそうです。

 

あ、そういうこと。

と思ったのですが、話はそれだけで終わらずでした。

 

その様子をみていた友達Bに長女が「助けて」と助けを求めたそうです。

長女はそのBに、Aの言ってる意味がわからないよねという同意を求めたのかもしれませんが、BはAの肩をもったことで、長女はもう我慢できなくなったようで

Bの胸ぐらをつかんで平手打ちしたそうです。

 

えー・・・(絶句)。

 

その様子を見ていた近所の人が学校に電話をして、

担任が長女とBを学校に連れ戻して、話を聞き取り、長女の手当てをしたそうです。

 

もう、どうして手を出したかな・・・って思います。

詳しくは書いていませんが、やっぱりAもBも長女に対して酷いことを言っているようです。

それでも今までは怒りすぎても手を出すことはなかった。

(怒りすぎて長女の方が悪くなるというパターンでしたが・・・。)

そして、時間がたてば長女は自分のしたことを後悔して落ち込みすぎるほどに落ち込みます。

でもこのパターンになるの、久しぶりでした。

 

何があっても暴力に訴えるのはだめなことだとずっと言い続けてきました。

 

先日もウィル・スミスがアカデミー会場で司会の人を平手打ちするという話題がありました。

賛否両論ありましたが、ウィル・スミスがSNSで謝罪していました。

やっぱり嫌なことを言われても暴力をふるってはいけないってことですよね。

でも、この件は大人の話。

 

中学生ではまた少し話は変わると思うのです。

長女だけ謝って、長女に酷いことを言ったその子たちを謝らせないのはちょっと教育としてどうなんだろうと思います。

暴力や暴力による傷は目に見えます。

悪口は心が傷ついてますが目には見えません。

目に見えるものには謝罪が必要で、目に見えないものには謝罪は必要ないということ

なのでしょうか。

 

この一年、長女は無視や陰でのいじめでどれだけ心を傷つけられたか。

私が長女から聞いた学校での話を担任に話しても、私は見ていないので・・・で

片づけられる。

誰も謝ってくれなかったです。

むしろ長女がクラスに馴染もうとしないことが問題だと言われる始末。

自分を受け入れてくれていない場所で馴染めるはずがないですよ。

 

長女は叩いたことは悪いってわかってる。

でも自分もAに酷いことを言われたけど我慢して抑えてた。

自分が言ってることは間違ってないのに、私だけ謝るなんて納得いかない、と

怒っています。

 

大きくなると、一人ひとりの正義が違うことが少しずつ出てきます。

今回はそれが表れた事案だと思います。

 

長女の通う中学は周りの子が軽々しく「死ね」と言うそうです。

長女がそういうことを言ったらだめだよ、と注意すると「偽善者」と返されるそうです。

今回はこのことでけんかになったそうです。

長女がそういうことを注意することでAは人間不信になった、

と言われて意味が分からなかったそうです。

 

そういうことを言ってもいいとする正義と言ってはいけないとする正義。

私なら言ってはいけない方を支持しますけどね。

長女だけを謝らせるということは、長女の通う中学の教育では

そういうことを言ってもいいという方を支持するということなのかもしれませんね。