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愛知県の西三河地方をまわっています。久麻久神社、神明社の大シイ、正法寺古墳に続いて訪ねたのは、旧幡豆町におわします幡豆神社です。
式内社 幡豆神社
幡豆神社は西尾市の南東端、目の前には三河湾を見下ろす高台に位置していました。ただ、眺望は良くなく、木々の間に三河湾がわずかに見えるだけでした。木々がなければ絶景だっただろうに…。おかげでいい写真は撮れませんでした。
延喜式内社である古社で、御祭神は建稲種命(たけいなだねのみこと)というご当地神です。日本武尊の東征に同行した神様とされているそうです。
早速お参りしましょう。
このお社には国指定文化財となった3棟の本殿があります。3柱の神様にご挨拶して、早速その建物を見せていただきましょう。
幡豆神社の国指定文化財建造物3棟 (左から)摂社熊野社本殿、幡豆神社本殿、摂社神明社本殿
中央のひときわ派手で大きな建物が幡豆神社の本殿です。その両脇に摂社熊野社、神明社があります。
この幡豆神社の建築物、何が貴重かっていうと、異なる様式の神社建築が3棟、横並びに並んでいるんですよ。
そのような理由から、両脇の摂社はごく最近ですが追加指定されたんです。
まずは真ん中の幡豆神社本殿から見ていきましょう。
幡豆神社本殿を見る
幡豆神社本殿は一間社流造、装飾が立派なひときわ大きい建物です。
天正8年(1580)年の建築とされる、三間社流造の建築です。一間社でなくて三間社だからその分大きいです。
荘厳といえば聞こえはいいですが、安土桃山建築らしく装飾がちょっと派手というか、お金かけたんだろうな…的な?
でも、主祭神のおわします建物にふさわしい立派な建物です。
どうでしょう、軒先の組み物も先の久麻久神社本殿に比べると彫りが深く、ていねいな造りになっています。
高欄の擬宝珠だって、木彫りで宝珠形を作り出しているんです。
本殿の背面にもまわってみましょう。
背面だから装飾が少ない分、貫の木鼻の装飾が目立ちます。
正面に戻ります。庇の装飾です。
流造では「向拝」とは言わないんですね。「庇」です。
破風のところの組物も立派です。肘木の丸みが強いところが時代を表わしてます。
正面の蟇股も。
安っぽくない。股の裾部が緩やかに下るところにも安土桃山文化を感じます。
摂社 熊野社を見る
続いては本殿の向かって左隣にある摂社 熊野社の建物を見てみましょう。
こちらは本殿をはさんで反対側にある神明社と並び、比較的最近になってから追加指定された国指定文化財の建物です(令和4年指定)。
一見、春日造かと見られますが、現地の解説は入母屋造りとなっています。
「う、俺の見立てが間違ってる!?」
と思って裏へ回ってみると、庇が裏にも伸びていました。
なんと、これでは春日造ではないですね。春日造は切妻造り妻入の一間四方の建物に正面庇が付いた建物ですから。
「へぇー、こんな神社建築もあるのねぇ。」
と感心一入です。
意外と質素な建物なので、中世くらいに遡る建物かと思いました。
しかし、江戸時代の寛永18(1641)年造営だと明らかになっているそうです。
組物なんか彫りが浅く、装飾に力を入れている様子が全くありません。
それでも、本殿とは違った建築様式で建てられた社殿が並んで立っているのは珍しいそうで、そのような点が重要とされて神明社社殿と共に重要文化財に追指定されたそうです。
さらに摂社 神明社社殿も見てみましょう。
摂社 神明社を見る
摂社 神明社は本殿の向かって右隣にあります。
正面から見ると三間社の流造に見えますが、ちょっとそう単純ではありませんでした。
横へ回ると柱間は一間しかありません。
正面は三間あります。
ただ、縁側がありません。正面に棚があるだけです。
このような建築は、見世棚造といいます。我が家の近所の神社にも見世棚造の建物があります。
あまり見かけませんが、神社建築の一様式です。
珍しい様式です。
ちょっとテンション上がってしまい、細部までいっぱい写真を撮影してしまいました。
装飾が少ない点が摂社熊野社とよく似ており、やはり寛永年頃の建築とみられるのは納得です。
復古調なのでしょう。あるいは摂社社殿なので本殿より立派にはできず、それほどお金を掛けなかったとか?
詳細は分かりません。
異なった建築様式の神社社殿が横並びにある景観は珍しいとのこと、その景観を最後にもう一度よく目に焼き付けて、幡豆神社を後にしました。






















