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前回、栃木県にある庚申山へ、コウシンソウという花を訪ねたことをお話ししました。
その翌週、今度は群馬県にある草津白根山へハクサンシャクナゲの大群落を訪ねてきました。6月下旬~7月上旬ごろが見頃とのこと(今回の訪問は6月下旬)。
しかし、ひと月に2回も山登りするとは。なんせ花は、季節を逃してしまったら全く見ることができないものですから。
というわけで、今回は庚申山に引き続いて山登りをしてきた、草津白根のシャクナゲ群生地を訪ねます。
なお、ここの指定名称は「草津白根のアズマシャクナゲおよびハクサンシャクナゲ群落」です。
本来はアズマシャクナゲの群生地でもあるのですが、今年はシーズンを逃してしまったのでまた今度訪ねます(アズマシャクナゲとハクサンシャクナゲは開花時期が1ヵ月程ずれるんだそうで)。
とはいえ、シャクナゲといったら園芸樹として普通にお宅の庭や公園に植えられてませんか?
何で天然記念物なんだろう?
まあ、とにかく行ってみましょう。
草津白根のシャクナゲ群生地 登山ルート
草津温泉といえば日本でも1,2位の人気を誇る大温泉街です。「湯もみ」や「草津節」が有名ですが、草津の「西の河原露天風呂」といえばリーズナブルな入湯料で巨大な露天風呂に浸り、本格的なかけ流しの硫黄泉が楽しめるので大人気です。また草津温泉「湯畑」は先頃、国指定名勝として文化財指定されました。湯畑はいずれここで紹介します。
ところでハクサンシャクナゲの群落は草津温泉の西に聳える草津白根山の中腹にある殺生河原の南東側、標高1,500~1,600m付近の斜面を中心とした広大な面積を占めています。
しかし5年前の平成30(2018)年1月、近くの本白根山が突然噴火し、けが人や死亡者が出るほどの被害がありました。これによってしばらく殺生河原から高所には立ち入りが禁止されました。この規制は今でも完全には解除されていません。殺生河原から本白根山の山頂・湯釜の間には、かつて草津白根ロープウェイが運行していました。これも噴火の影響で廃止となってしまい、今の殺生河原は寂れた高原になっています。
本来ならハクサンシャクナゲ群落は殺生河原から大変近い場所(歩いて5分ほど)にあるので、殺生河原にある駐車場を利用できたなら、そこから楽に訪問できるのです。
その殺生河原駐車場も今は規制が掛かっているのか、工事用のバリケードが張られて立入禁止でした。
やむを得ず、麓の草津温泉にある駐車場に我が愛車を停め、登山することにしました。
このルートは3時間ほどの周遊コースで遊歩道として整備されているので、歩きづらい箇所はありますが登山届は提出せずに登りました。
朝一番、超人気温泉街には目もくれず、その南西にある登山口へ向かいました。登山口は大きなリゾートマンションの脇の細道です。舗装されてますが案内標識はないため、わかりにくい登山口です。
ここから舗装された細道を登り、町営水道の給水場を過ぎます。
この時期は雨が多く、この日も降ったり止んだりの不安定な天候でした。
この時期の山登りには欠かせないレインウェア。
ほどなくして下の写真のようなゲートが現れます。
このゲートは徒歩でなら越えて問題ないです。右手にある看板にはこれから周回する登山ルートが簡易な地図で案内されています。
ただ、こんな地図ではルートを見失うので、必ず登山用の地図は必携。おすすめはこちら。
ここからは未舗装の林道を登ります。
10分ほど登ったところで、林道は一般の立入りを禁止する第二のバリケードが現れます。この先には温泉の源泉がある(どうも西の河原露天風呂の源泉のようです)ようで、だから立入禁止。登山道は左に曲がる案内がありますので、標識に従って左へ曲がりましょう。
ここから亜高山帯を登っていくことになります。登山道らしい風景に変わります。
しばらく登ると、アズマシャクナゲの群落が左手の斜面に現れます。私の背丈より高い大きな木が斜面に多数見られます。それでいてウネウネと古木らしい貫録を示して、森林の低木相を占めています。これらがアズマシャクナゲの樹なのは、肉厚で楕円形の大きな葉っぱを見れば明らかでした。
アズマシャクナゲの群落は草津温泉南西にある石尊山南麓が中心ということですので、ちょうどこの辺りになります。
事前の調べに間違いはないようでした。
ただ花らしいものは、一切見当たりません。開花期はやはり過ぎてました。アズマシャクナゲは花が紅色ですので咲いていないことは明らかでした。
今は寂しい限りです。
そんな中、高い所にハクサンシャクナゲの花が見られました。
楕円形の葉っぱがアズマシャクナゲより短く、花も白いのですぐにわかりました。ただ、花が見られる樹はわずかでした。中には花を落としているものもあります。
「ハクサンシャクナゲも下手したらもう終わりに近い?」
と不安になりました。
しかもここから、シャクナゲの樹自体が全く見られなくなりました。事前の情報では
「ハクサンシャクナゲ群落は殺生河原付近の斜面が中心」
とのこと。殺生河原までは行ってみようと覚悟していたため、花は終わっているかもしれないと不安になりながら(なんせ最近は気候が不安定で、花の時期が早まっている傾向がありますので)、とにかく目的地まで行ってみようと思ってました。
こんな枯れ沢を乗り越え、
途中、レンゲツツジに奮い起こされ(来年は湯ノ丸高原のレンゲツツジ群落・群馬県を見に行くぞ、とか)、とにかく先へ進みました。
それでもハクサンシャクナゲの樹どころかアズマシャクナゲの樹すら見られないのです。
むだ足を踏むかもしれない不安が大きく襲い掛かってきました。
不安を抱えながら林道との分岐から1時間ほど歩いたでしょうか。急に卵が腐ったような臭いが鼻を突き、視界が開けました。
火山ガスを噴出している噴気孔のそばに出たのです。写真を拡大するとお分かりいただけますが、左の看板には現地に立ち止まらないように注意書きされています。硫化水素が噴き出しているんですね。
硫化水素は猛毒です。30ppmで生命に関わります。もし活発に火山ガスを噴出しているような濃度が高い場所には防毒マスクの装備が必要です。防塵マスクと防毒マスクは形が似ていますが違うので気を付けましょう。
吸収缶も専用のものでないと効果がありません。
この場所は斜面で、下からの風もあり火山ガスの滞留はなさそうです。立ち止まらなければ問題ないでしょう。
「ハクサンシャクナゲは見られなかったけど、火山らしい活動的なエリアが見られたぜ。」
なんて、ワイルドな場所にたどり着いてしまったことに気持ちが昂ってきてしまいました。立ち止まると命に係わるので先に進みました。するといきなり、ハクサンシャクナゲの花が増えてきたじゃありませんか。
「あれ?」
ハクサンシャクナゲはシーズンを過ぎてはいなかったのです。
事前の調べ通り、ハクサンシャクナゲは殺生河原付近が群生の中心だったのです。
不安は吹き飛び、むしろ喜びが沸き上がってきました。
さらに歩を進めると、ハクサンシャクナゲの大群落が現れました。
斜面を越えて、その向こうの噴気孔の先、小さなピークの上まで白い花が見えるではありませんか。
これほどの大群落とは思っていませんでした。
しかも開花のピークなのでしょう、向こうの向こうまで花、花、花。喜びを通り越して、感動、感激の嵐です。
「いや、期待以上だ。」
これは間違いなく人が植えたわけではありません。それ以上の絶景です。
写真じゃ伝わらない。ぜひ見に行ってもらいたい。
で、さらに進むと赤みが掛ったハクサンシャクナゲの花もありました。
アズマシャクナゲはもっと赤いそうなので、葉っぱの形からも明らかにハクサンシャクナゲですね。
赤みが掛かる花もあるとのことなので、これがそうなんでしょう。
こんな花に出会えたのも幸運です。
やがてまたシャクナゲの樹々は途切れ、岩と砂だけの荒涼とした風景が広がっていました。
あちらに国道292号線のガードレールが見えました。
「あ、ココが殺生河原か。」
その名の通り草木も生えず、飛ぶ鳥は落ち、動物は屍をさらすという殺生河原。
栃木県那須岳の殺生石も、こんな場所なことで有名ですね。
ここに車を停められたら苦労して山道を登る必要もなかったのに…
でも、ハクサンシャクナゲの驚くほど大規模な群生を見て、殺生河原の奇景も見られたからとても満足です。
さあ、心が満たされたところで下山しようとしたところ、国道の脇から湿原に入る木道が目に入りました。
その先にもハクサンシャクナゲの株が見えます。
「さらにハクサンシャクナゲが見られるのか!?」
期待をさらに膨らませて、木道に歩いていきました。
スキー用のリフトがある斜面に見える、ハクサンシャクナゲの群生
武具脱の池(ものぬぐのいけ)といわれる湿原がありました。その先に尾根があり、スキー用リフトの架線柱が見えます。
その尾根の斜面にもハクサンシャクナゲの花々が見えるじゃありませんか。
木道の脇にも株があります。
いや、もう充分なほどハクサンシャクナゲを見ました。指定範囲が広いわけだ。しかもどれも樹が大きい。事前調べでも広大な範囲に自生したシャクナゲが大木で見られることが指定理由とありましたが、まさかこれほど大きな群落だとは思いませんでした。
シャクナゲの仲間は成長が遅く、人の身長を越えるほどの大木になるには百年単位の相当な年月が必要なんだとか。
最初に感じた不安は一掃され、むしろ予想以上の大規模な群落だったことで感動が大きかったです。これは写真じゃ伝わりにくいと思います。ぜひ皆さんに実際に見に行ってほしいです。
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草津白根のアズマシャクナゲおよびハクサンシャクナゲ群落 (昭和36年7月 天然記念物、群馬県吾妻郡草津町)
江戸時代から湯治場として知られ、日本でも有数な規模の温泉地、草津温泉から長野県の志賀高原に抜ける国道292号線は志賀草津道路ともいい、群馬・長野県境の渋峠で日本の一般国道としては最高所を通過することでも有名です。志賀草津道路の通過する草津白根山は近年、火山活動が活発になったため報道されることもしばしばです。
その志賀草津道路が殺生河原と呼ばれる景勝地を通過するあたり、標高1,450~1,600m近傍の高原では左右にアズマシャクナゲの群生が見られます。また殺生河原の付近にはハクサンシャクナゲの大群落を見ることができます。開花期の5月中には紅色、淡紅色のアズマシャクナゲの花が、6月中旬から7月上旬には白色のハクサンシャクナゲの花が楽しめます。花の時期が違う2種類のシャクナゲが自生しているため、1ヵ月以上の長期に渡って花を楽しめます。
本来、アズマシャクナゲやハクサンシャクナゲは亜高山の樹林帯において低木相を占める植物です。この辺りは火山の活動で一度植生が破壊され、シャクナゲ類が優勢になった、不安定な植生遷移の一過程を示しているものと考えられています。シャクナゲが大規模に自生している例は珍しく、学術上貴重なことから天然記念物に指定されました。






















