人権の履き違え | 私の日常生活と・少し刑事事件・政治的問題などのブログ

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私流の日常生活です。他に刑事事件・社会問題・事故・公安問題・その他や、国家安全保障問題なども取り扱います。一部倫理の問題や公という感覚に関しても書いていきます。

敗戦のみじめさから豊かになって

自由になって

天国のような状態になると

人というのは

もっとよこせとか

もっともっと権利をよこせとか

なりがちです。

豊かになったがゆえの

欲望です。

人間の欲望は果てしなく広がります。

これは

ひょっとしたら多くは履き違えなのかもしれません。

貧乏なこの国の状態があって

今があるのです。

不自由なこの国の状態があって

今の自由があるのです。

被占領中は日本国憲法で二十一条で言論の自由を高らかに謳ったのとは裏腹に

完全な全面的な報道管制が敷かれていたのです。

もっともっと権利をよこせとか

自由をよこせとか

豊かさを実感させろというのは

問題もあります。

かつて極貧があって今の状態があるからです。

過労死で多くの犠牲者を出しながら

私たちの先輩たち

祖父・祖母

父・母

の時代に日本人は死に物狂いで働いたのです。

履き違えの一例として

墓反対運動があります。

誰も死なない人はいないのに・死なない親はいないのに

国として必要な施設なのに

反対されます。

高齢者施設や障害者施設もそうです。

保育園や小学校もそうです。

廃棄物の最終処分施設などはその最たるものでしょう。

権利に歯止めがなくなっているのです。

なぜ

国として必要な施設は

迷惑施設

一地域の利益にまったくならない施設だってあります。

迷惑施設を自分の近所には受け入れないのでしょうか。

反対論が通ると思うのが間違いだ!

民主化の行き過ぎや

権利の履き違えが

堂々とまかり通っているのです。

国として必要な施設なら

どの地域からも自分の地域にこぞって来てほしいと言うのが

ほんとの国民公共です。

社会福祉みたいに好都合なところだけかじられると非常に問題が多い。

福祉を語るなら

治安だって最大の福祉です。

また非常識な判決

厚木基地(アメリカ海軍と海上自衛隊が共同使用)

の自衛隊機夜間飛行禁止のことも

国防の本質を外しています(最高裁の判決は出ていない。係争中で実際自衛隊機は飛んでいる)

基地というのは夜に飛行機が飛べないと致命的です!

外国軍は夜だからって休んではくれません。

厚木基地は極めて重要な任務を負っているのです。

国そのものがどうにかなるほどです。

外国の潜水艦や軍艦が日本周辺に潜没航行または航行し

警戒・監視を自衛隊がやっていらっしゃいます。

見張りです。

見張りを怠ったら

ただちに外国軍隊に付け入られます。

今、履き違えがあるのです。

今、時給100円とか180円でつつましく働いている人もいます。

年収が最低所得層125万円未満の人もいます。

自己責任論ですが

すべてがこうした貧乏が自己責任でくくれるような事由でそうなったと言えるでしょうか。

過激な自己責任論があるのです。

途方もないことをやってのける障害者が褒め称えられると

一つの懸念は
過激な自己責任論が起こってしまうかもしれないということです。

自己責任だけですべて解決できるでしょうか。


身体的に精神的に恵まれた人もいれば

健全でない人もいます。

恵まれた人たちって

こういう恵まれた状況は何にも言わないで

貧乏人もいることをどう見ているのでしょうか。
普段不満を言っているかたも

時給100円よりは年収125万円未満よりは恵まれているな


となるかもしれません。

下には下がいるのです。

誰しも若いままでいられるわけではないし

ときには病気になることだってあるのです。

履き違えを批判する。

ただ間違えてはいけないのは

弱者対策をやるにも

経済・産業・教育・科学を振興し
科学技術革新で

成長して税収を上げないと

対策は打てません。

だから欲望にも一定の理があるか。

また

権利論としては

地域エゴがまかり通っている状況はあります。

履き違えとしてのエゴが発揮されている状況はあります。