世界遺産の東寺です。
やはり東寺の五重塔はいいですね。
さすが、世界遺産だけあって国宝・重文がごろごろあります。
弘法大師の真言密教の根本道場だけあって、不思議な雰囲気があります。
立体曼荼羅は素晴らしい。
東寺
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東寺
五重塔(国宝)
所在地 京都府京都市南区九条町1
位置 北緯34度58分51.48秒
東経135度44分48.02秒
山号 八幡山
宗旨 東寺真言宗
寺格 総本山
本尊 薬師如来(重要文化財)
創建年 延暦15年(796年)
開基 桓武天皇
正式名 金光明四天王教王護国寺秘密伝法院
宗教法人公称:教王護国寺
正式名別称:弥勒八幡山総持普賢院
別称 左大寺
札所等 真言宗十八本山第9番
西国愛染十七霊場第8番
洛陽三十三所観音霊場第23番
京都十三仏霊場第12番
都七福神(毘沙門天)
神仏霊場 巡拝の道 第84番
文化財 金堂、五重塔、御影堂、蓮花門
絹本著色真言七祖像、不動明王坐像ほか(国宝)
世界遺産
東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある東寺真言宗総本山の寺院。「教王護国寺」とも呼ばれる。山号は八幡山。本尊は薬師如来。
東寺は弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。昭和9年(1934年)に国史跡に指定、平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録された。
名称
東寺の正式名として「金光明四天王教王護国寺秘密伝法院」と「弥勒八幡山総持普賢院」の2つの名称がある。宗教法人としての公称は「教王護国寺」(きょうおうごこくじ)、詳名は金光明四天王教王護国寺秘密伝法院がある。
この寺には「東寺」および「教王護国寺」という2つの名称があり、百科事典等でも東寺を見出し語とするものと教王護国寺を見出し語とするものがある。教王とは王を教化するとの意味であり、教王護国寺という名称には、国家鎮護の密教寺院という意味合いが込められている。宗教法人としての公称は教王護国寺であり、たとえば、五重塔の国宝指定官報告示の際の指定名称は教王護国寺五重塔となっている。そうした観点からは、近代以降の法人名としては教王護国寺が正式名称であるといえる。ただし、東寺という名称も単なる通称・俗称ではなく、創建当時から使用されてきた歴史的名称である。現代においても、南大門前の石柱には真言宗総本山 東寺とあり、南大門、北大門、慶賀門などに掲げられた寺名入りの提灯には東寺とあり、宝物館の名称を東寺宝物館とするなど、寺側でも通常は東寺の呼称を使用している。
平安時代以降近世まで、公式の文書・記録等には原則として「東寺」という表記が用いられ、それが正式名称であり、「教王護国寺」という呼称は特殊な場合以外には用いられなかった。教王護国寺という名称は平安時代の記録類には一切見えず、正式の文書におけるこの寺号の初出は仁治元年(1240年)である[4]。後宇多天皇宸翰の国宝「東寺興隆条々事書」(延慶8年=1308年)、後宇多天皇宸翰「庄園敷地施入状」、豊臣秀吉が2,030石の知行を認めた天正19年(1591年)の朱印状など、寺の歴史に関わる最重要文書にも明確に東寺と表記されている。














































































