10月25日に国宝犬山城に初めて行ってきました。
前日は犬山祭りの車山揃えがあり、13輌の車山が日中はからくり人形の演舞があり、夜は提灯を点灯し市内を巡行したみたいです。
25日は戦国武将物語として約300名が参加する甲冑武者隊による行列や火縄銃の演武、居合い道などがありました。
名古屋祭りなどと比べると規模は小さいですが、その分手作り感があってアットホームな感じで楽しめました。
火縄銃の演舞は結構迫力があり、発射音は思っていたより遥かに凄い音でした。
小さい子供のかなりの人数が泣き出していました。
それから千原兄弟の千原せいじと息子がきてロケをしていました。確か中京テレビで千原せいじが親子で東海地区をちょっと旅をするような番組というかコーナーがあるみたいでその番組でしょうか。
犬山城は名古屋城に比べるとはるかに規模は小さいですが、全国に4城しかない国宝のお城だけあって戦国時代の趣きがあります。
特に天守閣からの木曽川や市内の眺望が良かったです。
ただこじんまりとしたお城なので天守閣までの階段は狭くて急なので小さなお子さん連れとかは登るに一苦労します。デートでミニスカートで行ったりしたら大変でしょうね。
でも和服の女性も何人か登っていました。
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犬山城(愛知県)
天守
通称 白帝城
城郭構造 平山城
天守構造 複合式望楼型 3層4階地下2階(1620年改)
築城主 織田広近
築城年 1469年(文明元年)
主な改修者 織田信康
主な城主 成瀬氏、織田氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 現存天守、石垣、土塁
指定文化財 国宝(天守)
再建造物 櫓、門(模擬)
犬山城
犬山城の国宝指定書(2008年1月撮影)犬山城(いぬやまじょう)は、愛知県犬山市にあった城である。現在は江戸時代前後に建造された天守が現存する。また、現存天守は国宝に指定された4城のうちの一つである。
概要
犬山城は木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名、白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。
前身となる砦を織田信長の叔父である信康が改修して築いたものを石川光吉が改修し現在のような形となった。この際の建築用材は金山城の建物の一切を解体移築したという「金山越」の伝承がある。江戸時代には尾張藩の付家老が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。近年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財であったが、現在は財団法人に譲渡されている。



























































































