御即位20年記念京都御所特別公開に行ってきました。
今回の公開は,御即位20年を記念して,紫宸殿,清涼殿,小御所等の参観を中心とした例年の一般公開コースに加え,通常非公開の皇后宮常御殿,飛香舎,若宮・姫宮御殿及び朔平門を特別に公開されています。
日曜なのでかなりの混雑を覚悟で行きましたが、入場の待ち時間は無くすんなりと入場できました。
中はやはりすごい人でしたが、御所の敷地も広大なので比較的ゆっくり参観できました。
ただ御所の駐車場は混んでいたので、外のコインパーキングに止めましたが、京都御苑のなかを延々と御所まで歩くことになり、御所の中もこれでもかというぐらい歩きますので本当にいい運動になりました。
この日の催し物は蹴鞠でしたが、残念なことに見逃してしまいました。
京都御所
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京都御所(きょうとごしょ)は、京都府京都市上京区にある皇居。鎌倉時代中期から明治時代初期まで天皇が住んでいた宮殿。
解説
明治維新の東京行幸により、天皇が東京の皇居(旧江戸城)に移ったため、1877年(明治10年)保存された。明治以降は京都皇宮(きょうとこうぐう)とも称される。
元々平安京での正式な皇居は平安京の中央部付近に位置する内裏であったが、戦乱などによって荒廃したために里内裏に移った。土御門東洞院内裏は、この里内裏の一つで、後に北朝と呼ばれる事になる持明院統の天皇が歴代居住した御所であった。
ちなみに南朝と呼ばれる事になる大覚寺統の天皇の御所は二条富小路内裏であった。現代の京都御所は土御門東洞院内裏そのものではなく、土御門東洞院内裏を基に拡充され、幕末期に今日の敷地面積が確定したものである。広さは約20.2ヘクタール。
普段は宮内庁へ参観申請をすることで御所内を参観出来るほか、春と秋には一般公開される。
概要
京都御所は、1869年(明治2年)の東京行幸まで歴代天皇の居所・執務所であった。現在(21世紀)の京都御所は国有財産で、宮内庁が管轄する「皇室用財産」に分類されている。隣接して京都大宮御所、仙洞御所があり、また北隣の今出川通を挟んで同志社大学と同志社女子大学(両校とも今出川キャンパス)が位置する。
現在は京都御所、京都大宮御所と仙洞御所を宮内庁が管理し、その周囲の国民公園である京都御苑を環境省が管理している。京都市民は京都御苑も含めて、単に「御所」(ごしょ)と呼ぶ事が多い。なお海外の宮殿などと異なり、御所を覆う塀はあまり高くない。
平安京建都当初の内裏は現在の京都御所よりかなり西方にあり、JR西日本二条駅の近くの千本丸太町交差点北東の位置にあった。
現存の京都御所はもとは里内裏の一つで、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)と言い、1331年(元弘元年、元徳3年)、北朝の光厳天皇が最初に使用した内裏である。初は、一町四方の敷地であった。ここにあった内裏は江戸時代だけで8回再建されており(うち6回は火災焼失による再建)、現存する建物は江戸末期の1855年(安政2年)、平安様式にならって再建されたもので安政内裏と呼ばれるものである。
1877年(明治10年)、東京の皇居に移っていた明治天皇が京都を訪れた際、東幸後10年も経ずして施設及び周辺の環境の荒廃が進んでいた京都御所の様子を嘆き、『京都御所を保存し旧観を維持すべし』と宮内省(当時)に命じた。
1945年(昭和20年)には戦時中の建物疎開で建築物の半数近くが取り壊された。
主な建物としては、紫宸殿(ししんでん)、清涼殿(せいりょうでん)、小御所(こごしょ)、御学問所(おがくもんじょ)、御常御殿(おつねごてん)、迎春(こうしゅん)、御涼所(おすずみしょ)、皇后宮御常御殿(こうごうぐうおつねごてん)、若宮・姫宮御殿(わかみや・ひめみやごてん)、飛香舎(ひぎょうしゃ)などがある。