昨年の12月に受験した国家資格試験の結果が、昨日届いていました。
見事というか、ようやく合格していました。
昨年から国家資格になったことにより、業務上必要なため順番に受験していますが、私の受けたのは第3回試験でした。
今回は12千人ぐらい受験して合格者は8千人で合格率は65.4%で合格基準点は66点でした。
第1回が合格率70.1%で第2回が65.4%で合格基準点が60点でしたので、今後は合格率65%ぐらいで合格基準点を決めてくるのでしょうか。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



日曜日に岐阜県の多治見市にある永保寺を拝観してきました。
このお寺には臨済宗の南禅寺派の専門道場があります。
また国宝の観音堂と開山堂があり、特に夢窓国師の手による庭園は梵音巌、臥龍池、無際橋、観音堂のそれぞれが素晴しく名勝として有名です。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



私も今回始めて拝観しましたが、素晴しい庭園でした。
このお寺の専門道場も座禅会をやっていますので、一度早起きして参加してみたいです。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋











出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
永保寺
永保寺庭園(国指定名勝)
所在地 岐阜県多治見市虎渓山町1-40
山号 虎渓山
宗旨 釈迦牟尼世尊の正法眼蔵を拈提し、参禅弁道によって仏祖的伝の心印を究明し、正法を伝授する。
宗派 臨済宗南禅寺派
本尊 聖観世音菩薩
創建年 正和2年(1313年)
開基 夢窓疎石(開祖)
元翁本元(開山)
文化財 観音堂、開山堂(国宝)
絹本着色千手観音図(重要文化財)
庭園(名勝)

永保寺(えいほうじ)は、岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺院。山号は虎渓山(こけいざん)。
雲水の修行道場(僧堂)である虎渓山専門道場を併設している。

2003年9月10日、本堂、大玄関、庫裏が火災で焼失。2007年8月29日、庫裏(約520m2)が再建され完成式が行なわれた。総工費は約3億7,300万円。なお、一般に本堂と呼ばれる方丈華藏庵の再建は平成23年6月完工の予定。

1295年頃、鎌倉の地で夢窓疎石と元翁本元が修行し、また土岐頼貞との接点が生まれた。1311年悟後の修行のため甲斐の龍山庵(浄居寺)に一時隠棲していた夢窓疎石は、1312年元翁本元とともに元翁の故郷である三河の大徳寺に逗留。1313年土岐頼貞の招きにより頼貞の父、土岐光定(1281年4月8日没)の33回忌を定林寺で厳修した。その後土岐頼貞の別邸または砦があったと推察される長瀬山の麓に庵を結ぶ。
文化3年(1806)刊の「虎渓山略縁起一人案内」には、正和2年(1313年)6月18日に長瀬山の麓を目指していた夢窓一行が道に迷い、白馬に乗った女性に道を尋ねた所、返事が無かった。そこで夢窓は「空蝉(うつせみ)の もぬけのからか 事問えど 山路をだにも 教えざりけり」と歌を詠んだ。すると女性は「教ゆとも 誠の道はよもゆかじ 我をみてだに 迷うその身は」と返歌して忽然と消え失せ、付近の補陀岩上に一寸八分の観世音菩薩像が出現した。夢窓はこの観世音菩薩像を本尊とし、1314年に水月場(国宝観音堂)を建立した。
当初「古渓」と称していたが、後に中国廬山の虎渓に因み「虎渓山」と称するようになった。廬山虎渓の風致が当地に似ているとする記述も見られるが、夢窓が渡航した記録は無く、むしろ鎌倉建長寺の中国僧一山一寧のもとで修行していたことにより、当時の廬山での禅修行の風致を虎渓山に求めたものと推察される。
1317年に夢窓は京都の北山に隠棲、更に土佐へ移り、1319年には鎌倉へ、1325年に後醍醐帝の命により南禅寺第9世として南禅寺に住持することとなる。一方、元翁本元は夢窓の去った虎渓の地を守り暫く留まっていたが、1329年には南禅寺第11世として南禅寺に住持した。 元翁本元が南禅寺に住持している時、後醍醐天皇の皇子世良親王の帰依を受けていたが、親王亡き後、後醍醐天皇が親王の御所を臨川寺とされ、元翁本元を開山として迎えることとなった。この時点で、虎渓山開山は夢窓疎石であり、臨川寺開山が元翁本元であるが、南北朝争乱により後醍醐天皇は隠岐に流され、元翁と臨川寺は外護者を失うこととなり、元徳3年(1331)元翁は南禅寺を去り、翌正慶1年(1332)に没した。後醍醐天皇は1333年に京都に戻り、夢窓疎石を再び南禅寺の住持に迎えるとともに、改めて臨川寺の開山とされた。これにより、当初夢窓を開山とした虎渓山永保寺は夢窓疎石を開創とし、元翁本元を開山とするようになった。
後醍醐天皇による建武の親政は足利尊氏によりわずか2年で失敗に終わり、光明天皇が擁立されて南北朝となり、暦應1年(1338)に足利尊氏が征夷大将軍となる。永保寺は暦應2年(1339)に北朝の光明天皇勅願所とされ、経済的基盤が確立されるとともに、開山元翁本元の門派が一流相続する独立的存在の門徒寺とされた。
永保寺の歴代は3世の果山正位以後、14世の雪庭永立(1554年没)までが塔頭の保寿院世代と同一であり、その後320年間にわたり塔頭寺院による輪番で護持されてきた。
天保1年(1830)開山仏徳禅師500年遠諱の際、春応禅悦により僧堂が開かれるが、明治始めの社寺上知令により衰退した。 明治8年(1879)永保寺独住1世として保寿院24世の蕙芳惠薫が任命され、明治14年(1881)開山仏徳禅師550年遠諱の際に柏樹軒潭海玄昌を永保寺住持に迎え僧堂を再開単した。これ以後、僧堂師家が永保寺住職を務めている。

先週に引き続き、徳源寺の直心会(座禅会)に参加しました。
先週あまりにあまりにも寒かったので、どうしようか考えていたのですが、厚着をして参加することにしました。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


徳源寺<直心会>
毎週 土曜日 会費200円
18時~ 坐禅 25分ごとに5分程度休憩が入ります
18時15分~ 45分程度の法話(ないときもあります)
18時30分~ 参禅 (希望者のみ)
19時50分頃~ 読経
20時~ 茶話会

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



といったスケジュールで行われます。
25分の座禅が4回行われますが、1回目で止めて帰ることも2回目や3回目から参加することも可能みたいです。

今回かなり厚着しましたが、それでもやはり寒かったです。
前後の入り口も窓も全部開け放してあるので、風がビュービュー吹き込んでやはり寒すぎでした。
今回はジーンズで参加したので、最初にジーンズは布地が厚くてごわごわしているので座禅には一番不向きですと注意され、その後も禅堂への入り方も注意されましたし、直堂(じきどう)(堂内を監督し、警策を行ずる者)の方から背中に警策を当てられ無言で前かがみになっているのを注意されました。

今回は出入りの息を数える、「数息観」やってみました。
一呼吸を一つとし、息を出すとき、ひと1つ、ふた1つ、みっつと心の中で静かに数えるのですが、やはり他のことに意識がいって座禅中数え続けるのは難しかったです。
本当にまだまだ低次元の座禅です。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋

毎週、土曜日の夕方6時からの徳源寺の座禅会に出かけました。
座禅は京都の円光寺の座禅会で経験がありますがまったくの初心者で、雑念が多すぎるので少しは雑念を払いたいと参加しました。
電話で確認したところ5時40分には来てくださいとのことでしたが、ちょっと早めに5時すぎには着いてしまったので、境内を拝観していました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



本堂は戦災で消失してコンクリート建てとなっていましたが、鐘楼や開山堂、禅堂などは戦災を免れており趣のある建物です。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



5時40分から初心者向けの説明を在家の座禅会の経験の永い方からしていただきました。
徳源寺は妙心寺派の7大専門道場の1つで、雲水修業の専門道場となっているため普通のお寺とはかなり違うみたいです。
京都の円光寺は同じ臨済宗ですが、南禅寺派のお寺でしたのでちょっとづつ座禅の作法が違うところがありました。
座禅会は修行中の雲水さんと一緒に行いますので、いい加減なことはできませんので厳格な作法が求められます。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



座禅は6時から8時までで、25分の座禅と5分の休憩の計4回行われますが、初心者の説明は控えの間で1時間ほど行われて実際の座禅は7時から2回でした。
7時ちょっと前に禅堂に入り25分の坐禅が2回行われ最後に読経して終わります。 
坐禅していたのは雲水さんを含めて30名程度と思われますが、禅堂の中は暗いですし、きょろきょろできませんので正確にはわかりませんでした。

今回寒いとは思っていましたが、予想どおりというか予想以上というか寒すぎて、無の境地とは程遠かったです。真冬の坐禅は避けた方がいいでしょうね。禅堂の両方の入り口も窓も開けてありますので、冷たい風が入ってきて、あるがままの風は感じることができました。

坐禅が終わった後、控え室に移動して茶話会があります。
お茶が入った大きなやかんを暖房がわりに回していましたが、じっとやかんを抱きしめていたかった。
次回の参加は考え中です。
参加するにしてもかなり着込まないと、2時間の坐禅は厳しいです。

午後から車で近くの名古屋市守山区の大森寺に行ってみました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



大森寺のすぐ後ろの高台に金城学園という女子大があり、土曜日なのに何人かの女子大生が大森寺の脇の道を上っていました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



このお寺は尾張藩2代目藩主徳川光友(みつとも)が生母の乾の方の菩提寺として建てたのがはじまりで、もとは江戸の小石川伝通院にあったお墓を乾の方で生まれ故郷である大森(おおもり)に移したものです。
乾の方はもとは大森の百姓の娘ですが、初代藩主徳川義直に見初められて側室となったとのことで、義直公に見初められた時のエピソードもいろいろの説があるみたいです。
義直公が鷹狩の帰りに雨宿りに大森に寄った際に、その時に庭で行水していた乾の方の父があわてていたのを乾の方が行水していた桶ごと軽がると家の中のに運び込んだとか、義直公に巨大な猪が突進してこようとした時に乾の方が飛び出して着物の前を捲りあげて睨んで追い返したとか、お殿様一行のお世話のためお湯が入った桶2つを軽々と運んできたがうっかり落としてお殿様のお湯をかけてしまって本来ならお手打ちのところを逆に気に入られたとか。
いづれにしても力持ちのところ気に入られて側室となったみたいです。
でもあまりに境遇の違うせいなのか、光友公を出産されて9年後にはお亡くなりなっています。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



大森寺(だいせんじ)に観光客が訪れることも少ないでしょうから、ひっそりとしていましたし、山門とそれに続く石畳や竹林も趣きがありましたが、本堂は普通の民家風でした。

大森寺の次にすぐ近くの八剱神社を参拝しました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



実は前にこの近くに住んでいまして、大森寺は初めてでしたが、この神社はたまに参拝していた神社でちょっと懐かしくもあって寄ってみました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋

東寺の次に八坂神社と知恩院の三門に向かいました。
八坂神社の摂末社の北向蛭子社の祇園えびすと知恩院三門の特別拝観が目的です。
知恩院三門前の駐車場に車で並んで待っていましたが、まったく動く気配がなかったので周辺のコインパーキングにしようと思って探してみました。
結果的にはこれが大失敗となりました。

周辺を車を走らせて駐車場を探してみました。
どこも一杯で更に車を走らせて、建仁寺の近くのコインパーキングに前に何回かとめたことがあったし、建仁寺の隣の恵比寿神社の十日ゑびす大祭も行ってみたいと車を宮川町の一方通行の道へ進めましたが、
最悪の結果となりました。

恵比寿神社の前の道路は交通規制されて車の通行は禁止で、そのため周辺の一方通行の狭い道路はまったく動かなくなり渋滞となって出るに出れなくなってしまいました。
一時間くらいかかって、六波羅蜜寺の前を通ってようやく五条通りに出ることができました。
もう祇園方面に向かう元気もなく、どうしようか迷いましたが(近くの京都国立博物館の特別展か下鴨神社にするか等)、頭痛も治まっていなかったので帰る方向でどこかにちょっと寄って帰ることにしました。

帰る途中に寄ったのが将軍塚です。
いつも帰る途中に気になっていたのですが、行ったことがなかったので今回寄ってみました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-将軍塚(京都市東山区)2010年1月10日



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-将軍塚(京都市東山区)2010年1月10日



ここは夜景のきれいなデートスポットとして有名みたいですが、展望台のところにはガラス瓶の破片が散乱したりしてちょっと残念でした。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-将軍塚(京都市東山区)2010年1月10日



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-将軍塚(京都市東山区)2010年1月10日



更に奥には青蓮院門跡の飛び地境内である東山山頂の将軍塚大日堂があります。
山頂とは思えない広大な庭園があるみたいですが、寒かったので今回はパスして帰りました。

伏見稲荷大社の次に東寺に向かいました。
五重塔の初層内部の特別公開が目的です。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(京都市南区)



今回、初めて五重塔に内部を拝観しましたが、写真で見ていた金剛界四仏と八台菩薩を堪能できました。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)



また講堂の立体曼荼羅はいつみても素晴らしいです。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)




ただ、京都の冬はさすがに寒いですね、伏見稲荷大社では山登りで暑かったのですが、東寺では汗が冷えたのか、ひどく寒くて頭痛までするようになりました。


東寺の正月行事の「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が行われる小子房も今回特別公開されるのですが、残念ながら1月16日からの公開でした。

「後七日御修法」は1月14日まで行われ14日の終了後には一般参拝者も参拝できるそうです。
丁度「後七日御修法」を勤める真言宗の高僧の方々のお顔を拝することができました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東寺(教王護国寺 京都市南区)



赤い傘の下の方が高野山真言宗管長であり全日本仏教会会長の松長管長で、現在の仏教界のトップにあたる方みたいです。




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
後七日御修法(ごしちにちのみしほ)
真言宗各派総大本山会所属の各宗派管長・山主と真言宗各派総大本山会所属の各宗派から選んだ定額僧(じょうがくそう)により、毎年1月8日から1月14日までの一週間(21座)にわたって、東寺・灌頂院にて後七日御修法を行っている。真言宗最高の秘儀とされている。

沿革
後七日御修法は真言院御修法(しんごんいんみしほ)などと呼ばれ、通称は御修法(みしほ・みしゅわう)と呼ばれている。834年(承和元年)に、仁明天皇の勅を奉じて、空海(弘法大師)が宮中真言院にて、国家安泰・玉体安穏(ぎょくたいあんのん)・万民豊楽(ばんみんぶらく)を祈って行われてから、毎年、宮中の恒例行事として正月に行われていた。

南北朝時代の戦乱期などを含めて、数度、中断する時期があったが、後水尾天皇と醍醐寺座主義演の尽力により、1623年(元和9年)に170年ぶりに復活された。1871年(明治4年)に廃仏棄釈の影響により廃止されるまで行われていた。

釈雲照らの嘆願により、1883年(明治16年)に復活した。そのときから、修法を行う場所を宮中から東寺・灌頂院に移した。

1920年(大正9年)以降は、古義真言宗と新義真言宗の各本山が協同して修法を行うようになった。

1968年より、各山会の事業となった。

次第
修法は、合計21ヶ座行われる。金剛界法と胎蔵界法を1年置きに交互に修し、息災・増益の護摩と五大明王、十二天、聖天法などを併せて修する。

初日(開白)の1月8日には、宮内庁より、天皇の御衣を納めた唐櫃(からびつ)を捧持した勅使を東寺・灌頂院に遣わして、御衣を東寺灌頂院道場の内堂に安置する。11日(中日)・14日(結願)は勅使が、東寺・灌頂院の道場に焼香して参拝をされる。同日14日、勅使に御衣奉還の儀式を東寺灌頂院の前堂にて行い、後七日御修法は成満する。

修法で使用する念珠・五鈷杵(ごこしょ)・袈裟などは、空海(弘法大師)が唐(中国)より持ち帰った法具である。以前は、東寺長者(とうじちょうじゃ)が大阿闍梨を務めていた。

結願後に限り、東寺灌頂院道場への一般参拝が許されている。

元旦に名古屋のお寺を中心に初詣に参拝しましたので、京都では神社にしようと遅めの初詣に伏見稲荷大社に出かけました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日



名古屋の自宅を7時15分ごろ出ましたが、伏見稲荷大社には9時20分ごろ着きました。
駐車場待ちでちょっと待たされましたが、それでも10分程度で駐車ができました。
人出ももう10日なのでそれほど多くはなかったです。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日

昨年は3回ほど参拝しましたが、2回は夕方で時間がなく、11月は途中から東福寺に下ったため、稲荷山の山頂までは行ってませんでした。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日




今回はゆっくりとお山巡りをすることができました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-伏見稲荷大社(京都市伏見区)2010年1月10日




結局、12時過ぎまで伏見稲荷大社で神秘的なたくさんのパワースポットを満喫できました。
ただ、山登りは運動不足の体にちょっとこたえましたし、かなり汗だくになってなってしましました。
それにしても千本鳥居といい、無数の石碑といい見所いっぱいです。
麓に下りてきた時にはさすがに朝と違って参拝客で一杯になっていました。

建中寺の次に近くの徳源寺に寄ってみました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



このお寺は織田信長の次男の信雄が創開したお寺で、現在は妙心寺派の七大道場の内の一つとして知られており、全国から修行僧が集まって厳しい修行をしているそうです。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



このお寺は毎週土曜の夕方に座禅会を開催していますので、今年はこのお寺の座禅会に参加しようかと考えています。月曜の朝5時からは修行僧と一緒の座禅会もあります。

最後に神社も参拝しようと、名古屋ドームの裏にある晴明神社に参拝して帰りました。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋



この神社はあの陰陽道で有名な安倍晴明を祭った住宅街の一角にある神社です。
境内は10人ぐらいでいっぱいになりそうな小さな神社です。

小雪がちらちらする中、建中寺に向かいました。

建中寺も私が気に入っているお寺です。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺


建中寺は尾張徳川家の菩提寺となっている浄土宗のお寺です。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



代々の尾張藩主の霊廟があったころは、境内も5万坪ぐらいあったそうですが、今は東区役所や高校・中学・小学校・公園等になっておりかなり狭くなっています。
霊廟の多くは平和公園に移されています。
建中寺前の建中寺公園の南側に総門があり、当時の境内の広さがしのばれます。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺


三門と総門は創建当時(1652年)の建物であり、名古屋市内では最古も木造建築となっているそうです。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-建中寺



神社とちがって、初詣のお寺の参拝者は少なく閑散としていて、ゆっくりと参拝できました。

初詣の2番目に桃巌寺を参拝しました。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺


途中、上野天満宮や城山八幡宮も参拝しようかと思いましたが、道路が駐車場待ちの車が一杯でしたので神社は止めにしてお寺を廻ることにしました。

桃巌寺も私が気に入っているお寺です。
このお寺は織田信秀(信長の父)の菩提寺で結構由緒あるお寺ですが、かなりユニークなお寺です。
深緑色に塗り替えられた巨大な名古屋大仏もなかなかいいですし、日本一の木魚とか、男女和合や子宝繁栄の秘宝とか、変わった形の清浄門や不老門などなかなかいいです。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺




本堂では初詣客にぜんざいが振舞われていましたので、ありがたくご馳走になりました。

田原俊彦がベストテンでこのお寺から中継した写真や他の有名人のかなり昔の写真とかも飾ってあります。

芸事や芸能人の信仰も集めているみたいです。

ぜんざいもご馳走になったので、1000円の拝観料をお支払いして「ねむり弁天尊像」を拝観してきました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺



京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺



一応、子供は拝観できませんとなっていましたが、男女和合の秘宝がいろいろありますので子供は連れてはちょっといけないです。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺



パンフレットと一緒にもらえるお守りも普通のお寺ではもらえないようなものでした。

京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺



不老門の上が鐘楼になっていて、自由に鐘がつけるので鐘をついて桃巌時を後にしました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-桃巌寺