北野天満宮から東山花灯路に向かいました。
駐車場をどこにしようか迷ってちょっとぐるぐるしましたが、建仁寺から八坂の塔に向かう八坂通りのコインパーキングに駐車して最初に八坂の塔に向かいました。

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ライトアップされた八坂の塔は無料開放されており、塔の内部には入れませんでしたが、本尊の薬師如来、日光菩薩、月光菩薩などは外から拝観できました。

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八坂の塔からねねの道に向かいました。
ねねの道もかなりの人出で、高台寺公園ではいろいろな催し物があるみたいでした。
行った時はちょうど舞妓さんとの記念写真にかなりの行列ができていました。

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またちょうど「火の用心・お囃子組」で地元の学童が、火の用心をテーマにしたわらべ歌とお囃子を奏でながら練り歩いていました。

高台寺の駐車場からの八坂の塔と京都タワーの夜景もたくさんの人が撮影していました。

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次に石畳の一念坂(一年坂)、二年坂、産寧坂(三年坂)と順に坂道を清水寺に向かいましたが、さすがに最終日なので凄い人出でした。

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清水寺も桜はまだでしたが、ライトアップされ幻想的な清水寺を楽しめました。


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相国寺の次に北野天満宮と平野神社を参拝しました。
実は1時半過ぎに北野天満宮に行ったのですが、かなりの人出で車もいっぱいでしたのでやめました。
ちょうど受験の結果が出て、お礼参りの参拝客の人出なんでしょうね。

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北野天満宮に着いたのは4寺半過ぎていましたので、参拝客も少なくなってゆっくり参拝できました。

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梅園も最終日(3月22日)で大部分は散ってわずかに残っているだけの状態でした。

次に平野神社を参拝しました。

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北野天満宮は上京区ですが境内が上京区と北区の境になっているので、すぐ近くの平野神社は北区なんですね。


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平野神社では本殿の手前の早咲きで有名な魁桜がちょうど見ごろになっていましたが、その他の種類の桜はまだ咲き始めでした。

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平野神社は桜の種類が50種類以上あり、それぞれの満開の時期が少しづつずれてかなり長期間に亘って桜を楽しめるみたいです。それも桜の名所と言われる所以のひとつなんでしょうね。

日本で最古の花街といわれる上七軒町花街をちょっとぶらぶらしました。
お茶屋や置屋が軒を連ねて風情があり、外人の団体客も写真を撮ったりして楽しんでいる様でした。

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北野天満宮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
所在地 京都府京都市上京区馬喰町
位置 北緯35度01分52秒
東経135度44分06秒
主祭神 菅原道真公
社格等 二十二社・官幣中社・別表神社
創建 天暦元年(947年)
本殿の様式 権現造
例祭 8月4日

北野天満宮(きたのてんまんぐう)は京都市上京区にある神社である。通称、天神さん・北野さん。旧社格は官幣中社、二十二社。京都市民からは「てんじんさん」の愛称で呼ばれる。

毎月25日に縁日が開かれ、多くの参拝者や観光客で賑わう。菅原道真を主祭神とし、特に学問の神として知られ多くの受験生らの信仰を集めている。京都市が大学の町であることもあってか、掲げられている絵馬には、大学受験合格を祈願するものが多い。福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心となっており、当社から全国各地に勧請が行われている。

平野神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
所在地 京都府京都市北区平野宮本町1
位置 北緯35度01分57秒
東経135度43分55秒
主祭神 今木神
久度神
古開神
比売神
社格等 式内社(名神大)・二十二社・官幣大社・別表神社
創建 延暦13年(794年)
本殿の様式 比翼春日造(平野造)
例祭 4月2日

平野神社(ひらのじんじゃ)は、京都府京都市北区にある神社である。式内社(名神大)で、旧社格は官幣大社。

祭神は、以下の4柱である。

今木神(第一殿) -- 染織・手芸・衣の神
久度神(第二殿) -- 竈・台所・食事の神
古開神(第三殿) -- 斉火の神
比売神(第四殿) -- 不明。光仁天皇の妃高野新笠とする説もあった。
今木神の今木は今来のことで、渡来人を意味する。

歴史
延暦13年(794年)、桓武天皇による平安京遷都にともない、平城京で祀られていた今木神・久度神・古開神を遷座・勧請したのに始まる。元々今木神は平城京の田村後宮に、久度神・古開神は大和国平群郡の式内・久度神社に祀られていた。比売神は承和年間より祀られるようになったものである。

『文徳天皇実録』によれば、仁寿元年(851年)、今木神に従二位、久度神・古開神に従四位、比売神に正五位の神階が授けられ、その中で当社のことを「平野神宮」と記述している。その後も神階は昇って行き、貞観元年(859年)には今木神に最高位の正一位の神階が授けられている。延喜式神名帳には「山城国葛野郡 平野祭神四社」と記載され、名神大社に列していた(2005年まで鳥居の扁額には「平野大社」と銘記されていた)。また、祭神について「平野大神」「皇大御神」という称号も使用されていた。

平野神社の鳥居。「平野皇大神」の扁額が掲げられている。例大祭の平野祭には皇太子が奉幣する定めになっていた。また歴代天皇の行幸も円融天皇から後醍醐天皇までの17帝21回を記録するなど天皇家の崇敬も厚くそれに伴い、源氏、平氏、大江氏、菅原氏などの公家の氏神にもなった。中世には二十二社の一社となった。

神紋は桜で、今も桜の名所として名高い。平安時代の中ごろ花山天皇によって境内に数千本の桜が植えられたのが起源で、寛和元年(985年)4月10日に臨時勅祭が開かれ、平野桜祭りとして今に残る。

相国寺の承天閣美術館で開催されている「世界遺産 金閣・銀閣 寺宝展」-墨蹟・絵画・茶道具の名品-も3月22日までの開催でしたので行ってみました。


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お目当ては写実と想像を巧みに融合させた「奇想の画家」として有名な伊藤若冲の「中鶏左右梅図」(なかとりさゆううめず)と「釈迦三尊像」です。(写真は承天閣美術館のホームページからの写真です)

写真では見ていたあの有名な絵の実物を間近で見られるのやはり、感動します。

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「中鶏左右梅図」は得意の鶏を題材とし、綿密な写生に基づきながらも幻想的な雰囲気が漂うのは若冲独特です。


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「釈迦三尊像」も実物はかなり大きく圧倒されます、東福寺の釈迦三尊像を写生しながらも若冲ワールドを作り出しています。いずれも300年前の作品ながら当時の最高の絵具を使用しており、いまでも当時の華麗な色彩が堪能できました。

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相国寺は境内は自由ですが、法堂や方丈などは春と秋の特別公開にしかに拝観できませんので、残念ながら外からの参拝となりました。


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法堂の鳴き竜として有名な狩野光信筆の「蟠龍図」は外から一部は(カメラで)見ることができました。

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<相国寺のホームページより>
相国寺について
 京都の真中を縦貫する大通り、京都駅の真前の烏丸通を北上すると、ほぼ京都の中心あたりに京都御所がある。その御所の北約300メートルほどのところに位置するのが相国寺(しようこくじ)である。正式には「萬年山相國承天禅寺」といい、京都の有名寺院のほとんどが、観光寺院として賑わっているのに対し、独り相国寺のみは、広い境内に人影はなく、粛然として京都の中央にたつ。むしろ有名寺院であるにもかかわらず、静寂な環境を今に保っている数少ない寺院として、貴重な存在となりつつあるのである。
 相国寺の建っている場所はもと伝教大師開創の出雲寺(一名小山寺)と、源空上人の神宮寺(後の百万遍知恩寺)と、安聖寺との旧跡に跨ったところである。創立当時は総門が室町一条にあったといい、一説に、足利将軍家の室町邸の総門と兼用であったともいう。寛政四年(1463)年の「蔭凉軒日録」の記事に

正月廿二日、相公以飯尾左衛門太夫、命于盛都聞当寺法界門再興并馬場可裁松云云、四月十日、法界門東辺、一条面、可被返下于寺家之命又有之…

とあり、それにより一条をもって南の基準とすることができる。そして北は上御霊神社の森、東は寺町、西は大宮通にわたり、二十町四方を領有していたということである。坪数でいうと144万坪となる。その後、天和二年(1682)7月の調書によると、東西四町、南北六町とある。今でも東門前には「塔之段」という町名が残っており、かつての七層宝塔所在の旧址といい、「毘沙門町」は毘沙門堂の址、西門前の「風呂の図子町」は浴室の址といわれる。
 現在、相国寺の南側にある同志社大学および北にある成安女子学園、烏丸中学などの各学校の敷地の大部分は、天明の大火後、復興できなかった寺院や、明治維新後に廃合した寺院の址である。現在はそれでも約4万坪ほどあり、幕末に諸堂の再建をみ、旧観を復するに至ったのである。末寺は北山鹿苑寺(通称金閣寺)、東山慈照寺(通称銀閣寺)等、北海道から九州に至るまで全国に130ヶ寺を擁し、臨済宗相国派の大本山として法幢をかかげているのである。

3月22日が東山花灯路の最終日だったので京都に行ってみました。
9時ごろゆっくり家を出たので、京都に着いたのは11時過ぎでした。
途中、名神高速の竜王付近でいわゆるスーパーカーのツーリングしている集団に遭遇しました。最初は後方から1台現れたので走行車線を譲りましたが、そんなにスピードを出していなかったので抜こうかとも思いましたが、その後10台ぐらいが現れ、またしばらくして延々とスーパーカーの列が続きかなり驚きました。


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最初に向かったのは太秦の広隆寺です。


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国宝第1号としても有名で、宝冠弥勒の名で親しまれている弥勒菩薩半跏像(通称「宝冠弥勒」)を拝観したくて参拝しました。国宝第1号とは1951年に旧国宝から新国宝に指定される際に指定書及び台帳の番号が「彫刻第1号」であるということに過ぎないとも言われることもありますが、やはり国宝第1号に値する日本を代表する素晴らしい仏像の一つですね。

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弥勒菩薩半跏像は南大門から入って一番奥にある新霊宝殿に安置されています。
新霊宝殿には50数体の国宝・重要文化財の仏像が安置されていて、一度に参拝することができなかなか見飽きませんでした。

ただ、弥勒菩薩半跏像は館の一番中心にあるのですが、残念ながらかなり距離を置いて安置されており、また照明も落としているためその表情をはっきり見るのはかなり困難でした。
今度、拝観するときはオペラグラスが必要です。

もう一つの弥勒菩薩半跏像(通称「泣き弥勒」)も隣に並んでおり、その表情ははっきり見れませんでした。1960年に京都大学の学生が触れて左手の薬指が折れるという事件があったのでしかたがないのでしょうか。

その他の国宝の不空羂索観音立像、千手観音立像、十二神将立像は手が触れるぐらい間近に拝観することができます。といっても不空羂索観音立像は3m以上あるのでお顔はかなり遠くになりますが、大きいので表情もはっきりわかりました。

南大門から入って右手に講堂(赤堂)が建っており、内陣には中央に本尊阿弥陀如来坐像(国宝)、向かって右に地蔵菩薩坐像(重要文化財)、左に虚空蔵菩薩坐像(重要文化財)が安置されていました。

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参道を進んだ正面には本堂・上宮王院太子殿(じょうぐうおういんたいしでん)があり、秘仏の本尊・聖徳太子立像を内陣に安置していて、開扉されるのは毎年11月22日に行われる御火焚祭(おひたきまつり)のときだけとのことでした。

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また広隆寺の奥院には、法隆寺東院の夢殿を小さくして造った八角円堂の桂宮院(国宝)がありますが、桂宮院が公開されるのは、4,5,10,11月の日曜・祝日のみとのことで残念なが拝観はできませんでした。

境内では桜が1本だけ綺麗に咲いていました。


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地蔵堂では腹帯地蔵尊に金網ごしにお会いできました。
弘法大師作と伝えられ、優しいお顔でちょっと悲しげにも見えます。

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天下の珍祭として国際的に有名な田縣神社の豊年祭に初めて行ってみました。
メインイベントの神輿行列は2:00からの開始ですが、田縣神社の境内ではいろいろなイベントが行われていました。
剣術の真剣での試し切りもそのひとつでした。

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昨日のブログで奥宮のご神体を神輿で担ぐと書いたのは、まったくの間違いでした。
神輿となるのは、大男茎形(おおおわせがた)と言い長さ約2m・太さ60cm・重さ約300kgもある巨大な“男性のシンボル”で毎年新しく木曽ヒノキで作られます。

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「田縣神社 豊年祭」は、毎年3月15日に行われています。
その歴史は非常に古く、1,500年前から伝えられているとも言われる伝統のある大変真面目な行事です。
この大男茎形(おおおわせがた)を厄男達が御輿に乗せて担ぎ、御旅所「熊野神社」から約500メートルの距離を行列をなして1時間半ほどかけて田縣神社へ奉納し、世界平和と万物創生、豊年を祈願するお祭りです。
昨日の大縣神社の豊年祭とは対をなすお祭りと言われています。

先頭は猿田彦で、その次にのぼりが続きます。


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こののぼりが実にリアルです。


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その次の小型の男根を抱えた巫女さんが観客に撫でさせながら続き、田縣神社の神様「御歳神」を乗せた大きな御輿、お神酒を乗せた台車、ちょっと小さめの赤い御輿などが続きます。

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その後に主役の大男茎形(おおおわせがた)を乗せた神輿が登場します。


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10分ちょっとの道のりを1時間半掛けるので、途中で観客が記念写真を撮ったり触ったりでき、実もアットホームなお祭りです。
お神酒の振る舞いも半端じゃなくて何回も来ますので、へべれけになって警官のお世話になっているおじさんも何人かいました。

最後に小ぶりな男根のお神輿をご老人たちが担いでいました。


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このお神輿も行列の最後なので実に和気あいあいとし、日本人や白人の若い女性が記念写真をとったり、いろいろなことしてはじけていました。

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大男茎形(おおおわせがた)を乗せた神輿と小さめの赤い御輿を担ぐ男衆は交代しながら進むので時間が掛かるのですが、ところどころであの重い大男茎形(おおおわせがた)を乗せた神輿をぐるぐる回すのでかなりの迫力があり、さすがにかなり消耗する様でした。

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このお祭りは世界的に有名だそうですが、確かに田舎に神社のお祭りにしては異様に外人さんの比率が高かったです。
実に楽しいお祭りで、最後の投餅まで雨の中、参加しました。
放送で老人や子供や女性は危険なので参加しないでとさかんに呼びかけていました。
私は周りを大柄な若い外人さん達に囲われてしまい、ほとんどお餅はキャッチできませんでした。
確かにお餅はかなり大きく、高いところから投げるので顔にあったりしたら大変ですし、キャッチするために押されて倒れる人もいて本当に危険でした。

3月15日に永保寺の国宝の観音堂内部と寺宝が年に1回公開されるので参拝に行ってきました。
今回は再建中の本坊(方丈)内部も公開されていました。


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ただ、もうひとつの国宝である開山堂は屋根の葺き替え工事中で残念ながら公開されてはいませんでした。
そのため、開山堂に祀られている開創夢窓国師と開山仏徳禅師の坐像は観音堂に移され公開されていました。

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永保寺の数々の寺宝は一昨年、再建された庫裏で公開されていましたが、見ごたえ十分でした。

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いつもは六角堂の納められている千体地蔵や釋迦涅槃図など数々の寺宝を拝観できました。

永保寺は臨済宗南禅寺派の修行道場が併設されており、観光寺院というわけではないので特に拝観料なども必要ありません。

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また、庫裏に展示された寺宝については撮影禁止でしたが、国宝の観音堂の内部は撮影が自由で、聖観世音菩薩坐像も夢窓国師と仏徳禅師の坐像も撮影が可能でした。

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聖観世音菩薩坐像は観音堂の内陣に川の自然木(流木)を大きな岩窟のように組み合わせ、そのなかに結跡扶坐されています。

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永保寺の庭園は夢想国師の代表作のひとつで、国の名勝庭園に指定されています。


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観音堂、梵音巌、梵音の滝、臥龍池、無際橋がすばらしい調和も保ち、みごとな庭園となっています。

公開は14日と15日の二日間でしたが、15日の月曜日も2つの広い駐車場がいっぱいとなっていました。

田縣神社の豊年祭は明日3月15日ですが、参拝はしてきました。

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豊年際は天下の奇祭として、世界中でかなり有名だとか。
そのため、毎年外人の観光客が大挙して押し寄せるとのうわさもあるみたいです。
確かに、あのご神体を担いで、街中を練り歩くのは迫力がありますね。

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奥の院には男性の象徴がいっぱいあり、男根」をかたどった石は、境内のあちこちに設置されていました。

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田縣神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

所在地 愛知県小牧市田県町152
位置 --
主祭神 御歳神、玉姫神
社格等 郷社
創建 不詳
本殿の様式 --
例祭 3月15日豊年祭

豊年祭田縣神社(たがたじんじゃ)は、愛知県小牧市にある神社である。式内社。旧社格は郷社。毎年3月に行なわれる豊年祭が有名である。


概要
創建の年代は不詳で、かなり古い神社である。古い土着信仰に基づく神社で、子宝と農業の信仰を結びつけた神社でもある。延喜式神名帳にある「尾張国丹羽郡 田縣神社」、貞治3年(1364年)の『尾張国内神名牒』にある「従三位上 田方天神」に比定されている。現在地は旧春日井郡なので、後に遷座したことになる。

祭神は御歳神と玉姫神で、五穀豊穣と子宝の神である。社伝によれば、当地は大荒田命の邸の一部で、邸内で五穀豊穣の神である御歳神を祀っていた。玉姫は大荒田命の娘で、夫が亡くなった後に実家に帰り、父を助けて当地を開拓したので、その功を讃えて神として祀られるようになったという。

境内には、男根をかたどった石が、多数祀られている。

なお「縣(あがた、けん)」と言う字は、「県」と言う字の旧字体(一部の辞書では、異体字としているものもある)である。そのため「田県神社(読みは同じ)」と表記する場合もある。

豊年祭
毎年3月15日に行われる、奇祭として有名な祭事。「ほうねんさい」または「ほうねんまつり」と読む。男達が男根をかたどった神輿(「大男茎形(おおおわせがた)」)を担いで練り歩き、小ぶりな男根をかたどったものを、巫女たちが抱えて練り歩く。それに触れると、「子どもを授かる」と言われている。 この祭事は、男根を「天」、女陰を「地」と見立て、「天からの恵みにより、大地が潤い、五穀豊穣となる事と子宝に恵まれる」事を祈願する祭事である。春に行われる理由は、「新しい生命の誕生」をも意味するからである。

なお、少し離れた場所にある大縣神社の「豊年祭(姫の宮祭り)」が対になっており、こちらは女陰をかたどったものを、巫女たちが抱えて練り歩く。

愛知県の犬山市にある大縣神社の豊年祭りに行ってみました。


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犬山市と小牧市の境にある神社で近くにある田縣神社と男女の対になっている神社とも言われているみたいです。

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大縣神社の豊年祭は姫の宮祭とも言われるように女性の守護神の姫の宮のお祭りで、田縣神社はご神体をみれば誰でもわかるように男性の神社とのことです。
姫の宮の本殿の後ろには姫石があり、姫の宮の象徴になっているんですね。


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田縣神社にはかなり男性の象徴がありますが、大縣神社では姫石ぐらいですね。

ただ、神社前の土産物屋で売っている飴とかは会社のお土産に買っていったりしたら、今ではセクハラとか言われて大変なことになりそうです。
のぼりや絵馬の楽器を弾く女神様の絵は棟方志功が描いたものだそうです。

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奥の方に大きな梅園があり、ちょっと見ごろは過ぎたかと思えましたが、それでもまだ十分に綺麗でした。


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更に奥に登っていくと青色のちょっと神秘的な池がいくつか有ります。


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大縣神社の豊年祭は田縣神社の豊年祭り3月15日の直前の日曜日に行われますので、今年は3月14日の今日行われました。(前は3月15日に行われていたみたいです。)

1トンの大鏡餅がトラックで神社の近くまで運ばれて、そこから拝殿までは神輿のように担いで奉納します。


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あと2つの小鏡餅が姫の宮と大国恵比須神社の奉納されます。

それから拝殿の中で鈴?や色紙がついている棒を縁起物なんでしょうが、われ先にと取り合ったりといろいろあり、結構面白かったです。
尾張太鼓の演舞も迫力があって良かったです。

ただお祭りとしては明日の田縣神社の方が有名なんでしょうね。
天下の奇祭として、世界中から観光客が来るみたいです。


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京都会のあと、せっかくなので寺町通と錦市場と新京極をぶらぶらしてみました。
土曜の夕方近くなので、かなりの人出でした。

特に錦市場は狭い通りに凄い人で、ゆっくり買い物する雰囲気ではないですね。
新京極も若い人でいっぱいでした。

新京極は寺町のお寺の境内を整理して、後から作った通りだそうですが、そのためか結構お寺が点在しています。


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もう5時頃でしたのでお寺も門を閉め始めていてゆっくり拝観はできませんでしたが、新京極のお寺を駆け足で参拝してきました。

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錦天満宮もいろいろみどころがありますね、ビルにめり込んだ鳥居とか、錦の水、からくりみくじ、神牛像とか。
またゆっくり参拝に来てみたいです。

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名古屋までの帰りはまったく渋滞もなくスムーズに帰ることができました。

今回の目的の京都会に参加しました。
昨年の9月5日に第1回京都会(プロフィールの写真)が行なわれましたが、今回2回目です。
京都会とは有志が集まって舞妓さん・芸姑さんの踊りやお座敷遊びを楽しむ会です。

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前回は宮川町のお茶屋さんで夕方からの開催でしたが、今回は水だきの老舗の本家初鳥さんで地鶏の水だきをつつきながらのお昼開催です。

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さすがに水だきの老舗だけあって少し白濁のスープは最高です。
最初にスープをぐい飲みよりちょっと大きめの器にとって、七味と塩で味付けして飲みますが、濃厚でいてすっきりとした味わいはさすがに自慢するだけのお味でした。

今回は舞妓さんと芸姑さんと地方さんの3名でした。
参加者は14名で男性5名と女性9名でした。

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舞妓さんの富美苑さんと芸姑さんの富美毬さんと地方の弥千代さんの3名の方と踊りとお座敷遊びとおしゃべりを楽しむことができました。



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