相国寺から山鉾建ての見物に向かいました。
烏丸通を車をどこに駐車しようかと考えながら、南に走らせました。

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烏丸通の両側は屋台や露店がびっしりと並び、6時からの歩行者天国に備えて開店準備をしていました。
交通規制の外側に止めたかったので、高辻通を右折して油小路通との交差点で運よくコインパーキングが1台だけ空きがあり駐車することができました。

この日は6時過ぎに祇園の花見小路通近くのお店で夕食を予約していたので、山鉾を見物しながら四条通にでて、できたらタクシーを拾って祇園に向かうつもりでした。タクシーが拾えなかったらぶらぶら歩いてもいいかなとも思っていました。

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最初は太子山から始めて木賊山~綾傘鉾ぐらいまでは良かったのですが、雨がぽつぽつと降り始めてそのうち土砂降りとなってきました。


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四条通で函谷鉾や長刀鉾を見物しながら、タクシーを拾えないかなと思っていたら、長刀鉾の付近で大変な目に会いました。


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長刀鉾を見物して粽を買って、祇園方面に進もうとしましたが徐々に進めなくなりまったく動けない状態になりました。


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四条通を西と東に向かう人が歩道上に溢れてまったく動けなくなり、両方の後ろからはどんどん押されるので怪我人が出ても不思議ではない状態となっていました。
その上、土砂降りでしたのでアーケードの端や店とアーケードの隙間からは雨がどんどん降ってくるのでかなり濡れてしまいました。

警備の警察官も相当いたのですが、しばらくそんな状態が続き、子供が怯えて泣き出したり警察官になんとかしろとの怒号が飛び交っていましたが、ようやく車道の1車線を潰して迂回路を作って流れるようになりました。

その後、ばらばらになったので一旦集合した後、タクシーをようやく拾ったのですが、乗ろうとしたらまたはぐれたみたいで結局乗れずに、携帯も繋ぎにくいのか連絡がとれずに6時になり歩行者天国となったのでタクシーはあきらめて歩いて祇園に向かいました。
四条通はアーケードがありましが、アーケードの途切れたところや花見小路では土砂降りに降られたのでずぶ濡れ状態でやっとお店にたどり着きました。

吉田山の登山の後、「京の夏の旅」で特別公開中(7/10~8/10)の相国寺を拝観しました。
相国寺は京都御所の真北にあり、同志社大学と隣接しています。

足利三代将軍義満の創建した臨済宗相国寺派大本山で、京都の観光名所として最も有名な金閣寺・銀閣寺は相国寺の山外(境外)塔頭となっています。
公式ホームページも相国寺・金閣寺・銀閣寺が一緒のホームページとなっています。

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特別公開中の法堂は天井画の「蟠龍図」が鳴き龍として有名で、堂内の中央付近で手を打つと反響してカラカラとう音が返ってきます。


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順番に手を打って聞くことができますが、いい音を出すのは結構難しいです。
また天竜寺や妙心寺と同じように八方睨みの龍ともなっています。
平日で暇だったのか、法堂の出入り口にいた係りの方がいろいろ法堂の作りなどを説明をしてくれて、帰りには写真のシャッターを押したりしてもらいました。

承天閣美術館には前回は3月22日に行っていて、その時は「世界遺産 金閣・銀閣 寺宝展」-墨蹟・絵画・茶道具の名品-が開催されており、金閣・銀閣の数々の寺宝と伊藤若冲の「中鶏左右梅図」(なかとりさゆううめず)と「釈迦三尊像」などが展示されており凄く楽しめましたが、今回は「館蔵の名品展-書画と工芸-」(22年7月3日~23年3月27日)が開催中で、墨蹟が多く私には残念ながらいまいちでした。
そのためなのかはわかりませんが、今回、私たちが行った時はお客さんがまったくおらず貸切状態で冷房の効いた館内でゆったりと休憩することができました。

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この日は雨が降りそうで降らないという状態でしたが、方丈を拝観中にぽつぽつきたと思ったら凄い雨になり、幸いに方丈を出る時には降り止みました。


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祇園祭 宵々山の7月15日に京都に行ってきました。

今回は京都好きの友人たちと4人で7時過ぎに名古屋を出発しましたが、東名阪も新名神も順調で9時30分ごろには京都に着くことができました。


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午前中は知恩寺の手作り市でたっぷり買い物をして、すぐ近くの進々堂でお茶してから吉田山山頂付近の茂庵に向かいました。

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進々堂は創業1930年の今年80周年の京都の老舗喫茶店で、店内には人間国宝の黒田辰秋が人間国宝になる前に作った大きな机と椅子があり、建物も歴史を感じさせます。

茂庵は山の上の木造カフェで京都市内も一望でき休日はかなり混み合う人気のカフェだそうです。
京都の夜景を見ながらの食事なんていいでしょうね。


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私が言い出して東今出川通から最短距離の山道を登ったのでかなり急勾配で汗だくになってやっと山頂に着き、山頂でちょっと迷ってしまいしたが、なんとかたどり着くことができました。


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他のお客さんは神楽岡通から上がってきており、たいした勾配はないので汗だくになることもなく、汗だくで登ってきたのは我々だけのようでしたので友人たちからちょっと非難をうけました。
ランチは2種類で
月替わりランチ 
≪夏のランチ≫ごまだれの冷やしうどん¥1370
(ゆで豚と塩もみ茄子 コーンと枝豆のおすまし)

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と、あとは定番のランチ
ピタパンサンド¥1260でした。


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ランチのあとは吉田神社に下っていき、参拝させていただきました。


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会社近くの白川公園に久々に行ってみました。

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この公園は名古屋市中心部の栄や伏見のすぐ近くにある緑豊かな比較的大きな公園です。
名古屋市科学館と名古屋市美術館があり、名古屋科学館はプラネタリウムがある天文館があるうえに展示室は生命館と理工館の2練あり、それぞれ8Fと9Fがあり1日十分楽しめます。
それで中学生以下は無料なので伏見駅付近では引率された小学生やグループ行動の中学生が毎日の様に見られます。

愛知万博前はホームレスのテントがびっしりありましたが、愛知万博のために撤去され今もテントは無くなっています。

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2008年に始まった新館工事もほとんどできてきていました。
新しいランドマークとなる直径35mで世界最大の新プラネタリウムは外観はほとんどできていて、今のプラネタリウムと新プラネタリウムが並んでいるのを見ることができます。

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9月から来年の3月までは休館となりますので、この夏休みはかなりの人出となりそうです。
実はここのプラネタリウムはまだ入ったことがないので、最後に行ってみたいと思っています。

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名古屋市美術館の建物は愛知県出身の建築家黒川紀章の代表作として名高いとのことですが、こちらもまた入ったことがないので、こちらも今度行ってみます。


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会社の健康診断(日帰り人間ドック)で要精密検査が2つ引っ掛ったため、会社を休んで再検査に行ってきました。

ひとつは眼底検査で両眼視神経乳頭陥凹との所見でしたが、なんのことか良くわからなかったためネットで調べると緑内障の疑いということがわかりました。
緑内障は良く聞きますが、詳しくは知らないので調べてみると、日本では失明の原因の第1位で、原因はまだはっきりわかっていないみたいです。
自覚症状はほとんど無く、症状が進行した最終段階で突然失明にいたるみたいで、ちょっと怖いですね。

さすがに失明となるとちょっと大変なので、再検査のため緑内障の専門医を探してみましたが、名古屋では今池の山林眼科が有名みたいで、山林眼科のホームページも参考になりました。

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午前中に検査予約しましたが、検査には2時間近くかかりました。
視力検査や眼圧検査・隅角検査・視野検査・画像解析検査・眼底検査などを行いましたが、瞳孔を開く薬を使うので終わってから外に出ると眩しくて目が開けられない程でした。
車でなかったので良かったのですが、車でしたら運転は無理でした。

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結局、検査結果は視神経乳頭陥凹は認められるが、明らかな緑内障の所見は見当たらないので今のところは大丈夫ではないかとのことでした。ただ、念のため1ヶ月後の再検査を勧められました。
とりあえず一安心です。

もうひとつは尿検査で尿沈渣(硝子円柱)の値が基準値から外れているものでした。
こちらは健康診断を行ったルーセントタワーにあるルーセントクリニックで午後から再検査を行いました。

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尿円柱が多量に出現する場合は重度の腎疾患の疑いがあるみたいですが、再検査の結果は幸い基準値内でした。

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ルーセントタワーでは1Fに七夕飾りがしてあり、脇に短冊が用意されており自由に願い事を書くことができました。


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≪緑内障≫
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

緑内障(りょくないしょう、英: glaucoma)は、目の病気の一種。「青底翳」(あおそこひ)とも呼ばれていた。

特徴的な視神経の変化と特徴的な視野異常(視野欠損)を呈する進行性の病気。かつては眼の中の圧力である眼圧が高いことが原因と考えられていたが、眼圧が正常範囲であっても緑内障に罹患している患者が多いことが確認され、視神経乳頭の脆弱性が緑内障の原因として考えられている。しかし眼圧は緑内障進行の最大のリスクファクターであり、緑内障治療の基本は眼圧を下げることで視野障害の進行を停めるという方法をとる。眼圧を30%低下させることにより正常眼圧緑内障において80%の患者において視野障害の進行が停止したという報告がある。

基本的には一度喪失した視野は回復することがないため、失明の原因となりえる。
この一方神戸理化学研究所網膜再生医療研究所の高橋政代博士らの研究チームは再生医療の技術を用いて視神経を再生させる研究を進行させ[1]、将来的には臨床での応用が期待されている。
どちらにしても現段階では早期に医療機関に相談することが肝要である。

日本では、最近になって糖尿病網膜症を抜いて1番目の失明の原因となっている。視野狭窄は自覚されないうちに末期症状に至ることも多く、発見には定期的な健康診断が必須である。

原因
緑内障の定義は「視神経変化・特徴的視野変化を有し、眼圧下降により進行を防止できる病気」である。何らかの原因により視神経乳頭内の篩状板が変形し、その中を通過する視神経線維が物理的に圧迫されると逆行性軸索輸送による神経栄養因子の輸送が阻害されて神経節細胞が死滅する。視神経線維の脱落にともないその部分に該当する網膜の感度低下から視野欠損が起こり、病気の進行にともない視神経乳頭の変形と視野異常が進行する。

視神経乳頭が変形・陥没していく原因はいまだ明らかではないが、眼圧の物理的圧迫によるという眼圧説(機械説)や、正常眼圧緑内障患者に片頭痛やレイノー現象が多いことから視神経乳頭部の血流異常が関与しているという血流説、緑内障を引き起こす遺伝子異常がいくつか報告されていることから視神経の脆弱性が緑内障の発症に関わっているという説などが提唱されている。その他にも、自己免疫疾患の関与、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患との関与、ヘリコバクターピロリ感染と緑内障の関与なども報告されている。また緑内障患者は脳脊髄圧が低いという報告がある。現在のところ緑内障治療に有効なエビデンスは眼圧下降のみである。

疫学
日本では、以前は40歳以上の人の30人に1人が罹患しているといわれていたが(1988年、1989年)、2000年の疫学調査からは40歳以上の17人に1人、2003年の疫学調査からは40歳以上の20人に1人が罹患しているという結果が報告されている(日本緑内障学会 2000年、2004年)。有病率は年齢とともに上昇し40歳代では2%であるが70歳代になると10%を越える(2004年)。日本国内で治療中の患者は約30万人(厚生省患者調査2002年)。潜在患者数は400万人ともいわれる(2000年)。

緑内障発症の危険因子として明らかなもの

加齢
眼圧
緑内障の家族歴
発症者の傾向

近視
薄い角膜厚
乳頭出血を有する
低血圧
緑内障を合併しやすい病態・疾患

糖尿病
高血圧
甲状腺機能亢進症
偏頭痛
落屑症候群
小眼球症
ただし糖尿病に関しては緑内障に保護的に働くとの報告もあり、緑内障専門医間でも議論が分かれる。

喫煙習慣が緑内障を進行させる、もしくは発症率を増すという明らかなエビデンスはない。

アルコール摂取が緑内障を進行させる、もしくは発症率を増すという明らかなエビデンスはない。

カフェインが緑内障の発症を増すという明らかなエビデンスはない。 ただしカフェインの摂取後約2時間程度、約2mmHgの眼圧上昇が生じるとされる。

n-9不飽和脂肪酸摂取量が多い群に緑内障の発症が多いという疫学調査がある。

ケールを多く摂取する女性は緑内障の有病率が低いという報告がある (OR, 0.36; 95% CI, 0.17 to 0.77) 。

緑内障患者は短命であるという報告があったが メタ解析の結果は全死亡率では対照群と比較し有意差がなかった。 しかし心血管イベントによる死亡率は対照群と比較し有意に高値であった。

運動により眼圧は一時的に下降する。

獣医学領域では、犬で最も多く発生する。

症状
急性閉塞隅角症は突然激しい眼痛・頭痛を生じる。早急に加療を行わなければ、視神経障害から緑内障となる。それ以外の緑内障の場合には、片方の目の視野が狭窄してももう片方の目の情報を補って認識するためには一般には末期に至るまで自覚症状は気づきにくい。新聞広告の簡易検査表や自作の検査表で確認してみるのも一考である。末期緑内障において視力低下、視野狭窄を自覚する。

朝、インターネットを見ていたらヤマダ電機の「家電フェア2010&大処分蚤の市inナゴヤドーム」が7月3日と4日に開催されているの見つけました。
家族を誘ってみましたが、誰も行きたく無いとのことで止めましたが、夕方、一人でナゴヤドームまでちょっと行ってみました。
最終日の夕方6時近くでしたので、さすがにめぼしい商品は残っていない状態でした。

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昨年も来たのですが、ワゴンセールのお値打ち品を大量に買い占めるプロと思われる人たちがかなりいて、商品が店頭に補給されるたびにあっという間に大量に買い占めて売り切れになっていました。
今年は警備の人が1人1個限りですとしつっこく叫んでいました。

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液晶テレビやDVDレコーダー、パソコンなどの売れ筋商品はたいして残ってなかったので、結局なにも買いませんでした。
本気でなにか買うつもりなら初日に開店前に並ばないと難しいのでしょうね。

タイムセールのじゃんけん大会にたいして欲しい商品は無かったのですが、安さにつられて参加してみましたが、まったく勝てなかったので早々に帰りました。


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久しぶりに名古屋駅メイチカとルーセントタワーを結ぶ地下連絡通路「ルーセントアベニュー」を通ってみました。

一昨年までは通勤で毎日の様に通っていましたが、異動で伏見に移ってからはたまにしか通ってませんでした。
ライティングとカッティングシートを使って異次元の世界を作り出しているこのアートは結構気に入っていて、なにか絵本の中を通っているよう感覚になれて楽しんでいました。

ルーセントタワーには7つほどアート作品がありますが、ここが個人的には一番気に入っています。

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コンセプト~地下道を楽しいプロムナードとするアート
作品名:A Tale of Stary Kittens ・異世界旅行猫絵図・
作家名:minim++(近森基++久納鏡子)


今日のランチは御園座の脇の肝屋さんに行ってみました。


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ここのランチは4種類あり、すべて750円でご飯と味噌汁はお替りができ、またランチカードがもらえますので会計時にスタンプをもらうと50円引きで700円になります。
スタンプ10個で1回ランチ無料になります。
こちらでは石焼ニラレバ定食と石焼ニラレバ唐辛定食の2種類しか食べたことはありませんが、かなり美味しいです。
ただ唐辛定食はかなり辛いもの好きの人向けで普通の方は手を出さない方がいいと思われます。

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石焼ニラレバ定食の食べ方は、石鍋にレバーとニラともやしなどが入っており、その中にたれをかけてかき回して焼きます。
レバーは最初からある程度は火が通してありますが、ニラともやしは生です。
最初はそのまま食べて、その次にご飯を石鍋に入れて一緒に焼いて食べます。
最後の生卵を石鍋にいれて食べる、3種類の食べ方を味わえます。

ランチの残り2種類は日替わり定食と豚冷しゃぶ定食になりますが、まだ食べたことはありません。
ここには石焼ニラレバ定食が目当てできますのでしょうがないです。

食事が13時ちょっと前に終わったので、13時からの「からくり時計 白浪五人男」を見てみました。


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このからくり時計は日本で最初のせりふ付きからくり人形で「白浪五人男」の口上を歌舞伎役者の松本幸四郎,尾上梅幸などが行っています。

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1日に10時、12時、13時、15時、17時の5回行われます。
また風力計がついており、風がつよいと中止となるみたいです。

帰りに御園座の地下1Fの飲食店街を通ってみましたが今日は御園座がお休みなので閑散としていました。


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東別院のすぐ北側にある栄国寺も参拝しました。


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幼稚園が併設されており、境内はそれほど広くは無く、そのうち半分近くは幼稚園が占めているようにみえました。


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このあたりは戦災を免れて、昔の面影も残っており格子戸の民家なども見かけました。
またこのあたりの通りには仏壇仏具のお店が軒を連ねており、お寺もかなりの数があるみたいです。

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栄国寺のあたりは江戸初期には千本松原といい処刑場になっていました。
200余名のキリスト教徒がここで処刑され、その後処刑場が移転したあとに刑死者の鎮魂のため栄国寺の前身である清涼庵が建立され、そののち尾張藩二代藩主光友公の命により丹羽郡の薬師寺の阿弥陀如来像を本尊とし寺号を栄国寺と改められました。

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この本尊阿弥陀如来像は鎌倉時代の仏師春日の作といわれ、名古屋三大仏のひとつとなっています。
また古来から火伏せの弥陀と呼ばれ、戦時中の空襲で境内に落下した焼夷弾がすべて不発となり危うく難を逃れ、霊験あらたかといわれています。


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午前中ちょっと晴れ間が見えてきたので東別院を参拝しました。
前はたまに通っていましたが、参拝するのは今回が初めてです。
京都のお東さん(東本願寺)を本山とし、全国に51寺院と海外に2寺院の「別院」があるみたいです。
やはりミニ東本願寺という感じで、本堂の中は心落ち着くことができました。

≪東別院のホームページより≫
真宗大谷派名古屋別院(東別院)は、元禄3(1690)年、尾張の地に本願念仏のみ教えを伝える道場として、一如上人(東本願寺第16代)によって開かれた真宗大谷派の寺院です。

当時の尾張藩主、徳川光友公より織田信長の父信秀の居城「古渡城」の跡地1万坪の寄進を受けて建てられました。以来、約300年にわたり、名古屋別院は尾張の人々の信仰を仰ぎ、広く「御坊さん」の名で呼び親しまれています。
親鸞聖人は、鎌倉時代、「本願を信じ、念仏申さば仏になる」と、すべての人が「南無阿弥陀仏」一つで救われることを明らかにされました。そのみ教えは、室町時代、蓮如上人によって弘められ、尾張の人々にも大切に受け継がれてきたのです。

ところが、昭和20(1945)年3月の名古屋空襲によって別院はそのほとんどを焼失してしまいました。しかし戦後の混乱も治まった昭和37(1962)年、尾張門徒の総力をあげて現在の本堂を再建し、いまにその姿を伝えています。