ただ5時過ぎぐらいから、北の空に稲妻がさかんに光っており、時折もの凄い雷鳴が鳴り響いていました。
車をよく使う六道珍皇寺近くのコインパーキングに駐車して四条通の御旅所に向かいました。
5時半ごろ、もの凄い土砂降りとなりましたが、30分ぐらいでやみました。
還幸祭の御神輿は御旅所のところで見物していましたが、四条通の歩道は御旅所のところで6時から通行止めとなっていましたが、通行止めを知らない人が押し合いながら後から後からくるのでちょっと大変でした。
なかには何で進まないんだと怒鳴りちらしている人も何人かいました。
三基の神輿は御旅所から氏子町内を廻って21時半~23寺ごろに八坂神社に還幸、神霊を神輿より本社に還し、祭典を行ないます。
私は一番最後の西御座について寺町通~錦小路通を大丸のところまで行き、高倉通から四条通にでたところまで一緒にまわりました。
さすがに疲れはてたので八坂神社で待とうかと八坂神社に戻りましたが、結局、西桜門沿いの餃子の王将で食事をして帰ることにしました。
名神は関が原あたりで事故渋滞と掲示版にありましたので、新名神で帰りましたが渋滞もなくスムーズでしたので22時ごろには自宅に着くことができました。
かなり疲れましたが、迫力のある御神輿を堪能できました。
来年は最後まで観てみたいです。
良かったら動画もどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=a92LdBCInp0
http://www.youtube.com/watch?v=mTi_0-mt08w
http://www.youtube.com/watch?v=K4Gj1U5NsJ8
http://www.youtube.com/watch?v=Inc417Quhlo
http://www.youtube.com/watch?v=y2iPjhnnFlI
http://www.youtube.com/watch?v=wCbvncXHMOc
http://www.youtube.com/watch?v=xFmYYmtN1XQ
http://www.youtube.com/watch?v=PY2tjh6fn_8
http://www.youtube.com/watch?v=2ei3kqoqJUI
西本願寺の御影堂の隅の方でゆったりとしているとかなり疲れがとれてきました。
前から行こうと思っていました、島原の泊まれない旅館の「きんせ旅館」に行ってみました。
途中、隣の興正寺を拝観してから島原に向かいました。
興正寺も西本願寺に比べると小ぶりですが、かなり落ち着くことができるお寺です。
西本願寺から島原まで歩きましたが、まだ疲れていたのか思ったより長く感じました。
島原は足利義満に許可を受け作られ、豊臣秀吉の公認を受けた由緒ある花街がもとになっているといわれています。
島原は寛永18年(1641年)に六条三筋町(東本願寺の北側)から移された、わが国最初の幕府公認の花街で、元禄時代が最盛期でその後、衰退と隆盛を繰り返してきたようです。
幕末には新撰組屯所にも近く、新撰組隊士も遊んでいたみたいですし、西郷隆盛なども出入りしていたとのことです。
現在では、当時の面影はほとんど残ってはいませんが、かろうじて「大門」、「輪違屋」、「角屋」などが面影を残しています。
「輪違屋」は現在でも営業を続けています。
また永らく休業していた築200年を超える「きんせ旅館」が今はカフェ・バーとして営業されているとのことで行ってみました。
元々は揚屋であった建物でその後、旅館として使用していたものだそうです。
築200年以上だけあって、その当時の雰囲気が感じられるすばらしい建物でした。
将軍塚駐車場の隣の東山山頂公園から清水寺に下るようになっていました。
案内図では清水寺まで20分となっていました。
途中にも案内板もありほとんど迷うこともなかったので、結局15分ほどで着くことができました。
ただ結構急な箇所もあり下りはいいのですが、逆コースはかなりきつそうでした。
清水寺との境には金網があって開門が午前6時で閉門は午後5時半となっていました。
更に進むと地主神社の階段脇にでることができました。
地主神社から釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院などを拝観しながら、大講堂に向かいました。
大講堂は今回初めてですが、宝蔵殿の寺宝と中央練の多宝閣の仏足石を拝観できました。
宝蔵殿には像高233cmの「大日如来坐像」をはじめ「不動明王立像」「毘沙門天立像」「十一面観音立像」などが安置されていてかなり見ごたえがありました。
それと絵馬「角倉船図」や絵馬「末吉船図」などの江戸時代の豪商から奉納された巨大な絵馬も展示されています。
多宝閣の仏足石も初めて拝観しましたが、存在自体初めて知りました。
多宝閣の扉を開くと、四方の壁には薬師如来、釈迦如来、阿弥陀如来、多宝如来のお姿が刻まれた仏面が約4100体見えます。
これらの仏の裏には奉納された方の名前が刻まれていて、ちなみに1体7万円とのことでした。
仏足石は4mありそれを3階の高さからのぞみこむように見下ろす様になっていました。
帰りはタクシーにしようかとも思いましたが、かんばって歩いて向かいました。
途中かなり急な箇所もあるため、汗だくで息もあがったりしましたが、20分程度でもどれました。
7月15日の宵々山、17日の山鉾巡行・神幸祭に引き続き、24日にいわゆる後の祭りである山傘巡行と還幸祭を見物してきました。
朝、7時過ぎに名神の春日井インターからのり、途中一宮インター付近で渋滞が少しありましたが、あとは順調で京都東には8時50分ごろに着きました。
花傘巡行は10時からの開始ですが、9時半ごろに八坂神社に着くと、カメラおじさん達がたくさんいて参加する人の撮影をしていました。
私はコンデジですが、カメラおやじの一人となってかなり撮りまくりました。
宮川町の舞妓さんの中に私の日記・アルバム(今年の3月6日撮影)に一緒に写っている富美苑が参加していました。
知っている方が参加しているとうれしいです。
この日も午前中から30度をこえており見物するのも暑くて大変でしたが、子供たちや女性の参加が多かったので2時間歩き続けるのは本当に大変だったと思います。
今回、祇園祭のほんの一部を知りましたが、本当に奥が深いお祭というのは良くわかりました。
それと祇園祭を見物するのに必要なのは忍耐と体力が一番というのは身にしみました。
良かったら動画もご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=I7ve-f4G8tI
http://www.youtube.com/watch?v=SjZQKrHF6CU
http://www.youtube.com/watch?v=C116axE2WRY
http://www.youtube.com/watch?v=42J8Vs4926s
http://www.youtube.com/watch?v=ciFD_ipMVuY
http://www.youtube.com/watch?v=6XhmN3BGNqY
http://www.youtube.com/watch?v=0k13miuoYAM
http://www.youtube.com/watch?v=IvYFEh_6YOw
http://www.youtube.com/watch?v=2L-ZleJ7bCs
http://www.youtube.com/watch?v=h6zEve3Y0UQ
http://www.youtube.com/watch?v=oNt6CVJMayU
http://www.youtube.com/watch?v=T3ceX7XplWc
ランの館2Fにあるオーキッドルームで食事をしてきました。
食事というか乙名会と呼んでいる友人たちとの飲み会で今回は8名の参加でした。
残念なことに幹事さんが直前の発熱でダウンして不参加となりました。
ランの館の2Fにこんなレストランがあることは知りませんでした。
このレストランもzettonグループなんですね。
ランの館の中庭ではビアガーデンもオープンしていました。
緑の美しいお庭でのビアガーデンもなかなか良さそうでした。
飲み会は2つある個室のうちのひとつを予約してあったのですが、こちらの個室はランの館の目玉であるアトリウム(大温室)を見下ろしながら食事ができるなかなかオシャレなプライベートルームとなっていました。
ただ、8人では座るのは全然問題ないのですが、テーブルがちょっと狭くて料理が載せるのが厳しかったです。
今回の飲み会はそれぞれの夢を語るという趣向で、各人のさまざまな夢を聴きながら、閉店時間まで楽しく過ごすことができました。
祇園祭で最も重要な中心行事の神幸祭神輿渡御に初めて行ってみました。
16時からいろいろな祭典が行われ、18寺から中御座・東御座・西御座の3基の神輿と子供神輿(東若御座)が、八坂神社の南楼門より出ていきます。
三基の大神輿と子供神輿に豊園社御真榊行列も加わり祇園石段下交差点の楼門前に18時15分ごろ集結し、威勢よく差し上げを行い練った後、3基それぞれの所定の順路で氏子区域内を巡行したあと御旅所に入り、この夜から7日間、24日の還幸祭まで滞在されます。
葵祭が女祭で祇園祭が男祭といわれるのは、神輿渡御の暴れ神輿といわれる勇壮豪快で荒々しさのためだそうです。
その祇園石段下をはじめ、神輿周辺はすごい熱気に包まれます。
この神輿渡御にともない、東大路通と四条通では祇園石段下を中心に、18時から19時頃までの約1時間、通行禁止になります。
私は最初は本殿のところで祭事を見物していましたが、人が多すぎてよく見えないのと、山鉾巡行見物で疲れ果ててしまったので、桜門の並びにある王将で食事をしながら18時過ぎまで休んでいました。
18時15分ごろから祇園石段下に神輿が男衆により担ぎ揉まれ、神輿が暴れ狂う様はまさに圧巻で、「差し上げ」され同じ方向にまわされると熱気と掛け声や歓声に涌きかえっていました。
良かったら動画もご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=Rm_QaCfZoow
http://www.youtube.com/watch?v=PrStIcxhbwA
http://www.youtube.com/watch?v=_Ebm1i_pEEw
http://www.youtube.com/watch?v=i3fKYy2sFZw
http://www.youtube.com/watch?v=iUkoutYSZjU
http://www.youtube.com/watch?v=Y2oDeaoc9rc
http://www.youtube.com/watch?v=dgceN_s_gQY
http://www.youtube.com/watch?v=ONVaSrCuIO4
http://www.youtube.com/watch?v=K6gBp0wo5eA
http://www.youtube.com/watch?v=PIEuh7FYRCc
このお寺は1587年に勅命により織田信長・織田信忠の菩提を弔うために烏丸二条に創建されたお寺です。
その後、豊臣秀吉により寺町四条南に移されました。
昭和に入って付近が繁華街となったため、昭和48年に高島屋が所有していた祇園閣があった現在地と交換して移転となったとのことです。
祇園閣は大倉財閥の創始者・大倉喜八郎が祇園祭の鉾をかたどって昭和3年に建てたものです。
内部には敦煌の壁画が模写されており、閣上からは京都市内が一望できます。
墓地には石川五右衛門のお墓もありました。
7月15日の宵々山に引き続き、17日の山鉾巡行を見物に出かけました。
早起きができなかった上に、名神で小牧IC付近で2件の事故渋滞や一宮JC付近でも自然渋滞があり京都には10時半頃に着きました。
車を六角大宮のコインパーキングに駐車して、新町通に向かいました。
新町通は巡行の最後になりますが、道幅が狭いので目の前を山鉾は通るのでかなり迫力があるとのことでした。
11時過ぎには新町通に着きました。
警備の警官の方がさかんと北ではもう見物場所がないので北に向かわないで南で見てくださいと拡声器で叫んでいましたが、北に向かう人はどんどん増える一方でした。
新町通は道幅が狭いので迫力がありますと聞いていましたが、本当に目の前を山鉾が通って迫力満点で楽しめました。
ただ、あまりの暑さと長時間立ちっぱなしでめちゃめちゃ疲れました。
良かったら動画もご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=GJAkIDLacds
http://www.youtube.com/watch?v=srdgsLf_ct4
http://www.youtube.com/watch?v=4BpHy8LPkuM
http://www.youtube.com/watch?v=AUw8T6eTIyc
http://www.youtube.com/watch?v=X4uoIVmLel8
http://www.youtube.com/watch?v=Hm1BF2tef8g
http://www.youtube.com/watch?v=fSLQau6vvAo
http://www.youtube.com/watch?v=HZgy6-dzLJg
http://www.youtube.com/watch?v=icU4S36RGnU
山鉾の見学の後、6時半頃土砂降りの中、ようやく予約しているお店にたどり着きました。
祇園町の南側の花見小路から東に入ってすぐのところにある町屋作りのお店です。
ホームページによると現役のお茶屋の一階にあるという珍しい形態のお店だそうです。
料理はその時々の京の素材をふんだんに用いた和をベースとした創作料理で、祇園町の南側にありながらリーズナブルな値段で楽しめるとのことです。
コース料理でしたので、一品ずつ出てきて、一品の量はそれほど多くはありませんがゆっくりと味わうことができて大変おいしかったです。
かなりお腹もいっぱいになり、堪能できました。
私はこのあと名古屋まで車を運転して帰るので、飲み物はノンアルコールのキリンのフリーでしたが、これがあるとなかなか便利です。
ゆっくりと食事を楽しんだあと、タクシーで車を駐車しある高辻油小路のコインパークまで戻りましたが、23時まで交通規制が続いているので、交通規制から1本外れている高辻通はかなりの渋滞でした。
また鴨川も更に水量がましてかなり危険な状態でした。
京都を10時ぐらいに出て名古屋には11時半頃に着くことができました。
帰る途中、雨は降りませんでしたが、愛知方面の空には絶え間なく雷が光っていて、次の日のニュースをみると愛知県内でも大雨警報などで非難したりとか大変だったみたいです。
















































































































































