《あの日 Papt3》


翌日は土曜日でした。
古くなったベージュのドレープカーテンがグラデーションのような光を帯び、何事もなかったかのように宇宙の摂理を守って太陽が昇りました。
カーテンを半分ほど開けると薄青い空の下、元気よくスズメたちがさえずり、この付近はいつもと変わらない風景が広がっているかに思えましたが、何件かの屋根の瓦が落下していたりずれていたり、少なからず地震の影響が見られました。
《あの日》から、はじめての朝を迎えました。

シンと静まりかえった家の2階から1階へと下り、台所の蛇口をひねりましたが、やはり水は出ません。
停電のためにお風呂も沸かせないので、とにかく近所の父が入居している介護施設「しんせん長春館」へと向かいました。

去年オープンしたばがりで、新築の8階建ての介護施設「しんせん長春館」の外観は、いつもとかわらず地震の被害はなかったようです。
しかし、エレベーターが使えないため薄暗い階段を昇って行くと、壁にはひび割れのような亀裂が何か所か見られました。

父が入居している6階まで昇ると、窓から差し込む光に満たされた食堂に不安げな入居者と介護スタッフが集まっていて、たびたび起こる余震に備えていました。
車椅子の父はわたしを認めると、少し高揚した笑顔を浮かべました。

大丈夫だった?

ああ
家の方は大丈夫か?

うん
台所の食器が落ちて割れたけど
家はなんともないよ

ああ
すごかったなあ
みなここに集められて
夜もここで寝たんだ
………
余震が続く間は
ここに集まって寝るようだ
………
俺は周りが気になって眠れないんだが
………

余震が続く間は我慢しなきゃ
………

介護施設では、大きな余震に備えて各部屋からベットを移動して食堂や廊下に集め、すぐに対応できるよう配慮していました。
しかし、父は周りの気配やいびきが気になってなかなか寝つけないようでした。


その夜、介護施設の若いスタッフたちと建物の屋上から、大津波が押し寄せてた太平洋方向の東の空を見上げました。
紺碧色の空には、今にも流星群となって落ちて来そうな星たちが散りばめられ、宇宙はたしかにそこにありました。
地球のどんなできごとも、ミクロの世界で起きたほんの些細なことに過ぎないように…

介護スタッフのリーダーをしている20代後半の男性スタッフが、苦笑いを浮かべました。

俺のアパートは海から近いから津波にやられてしまったよ
俺は勤務のためここにいたから助かったけど
………
東部自動車道路まで津波が押し寄せたんだ
あの高速道路が津波を堰き止めたんだ

東の星空の下、太平洋の海岸から5キロ以上内に入ったあたりに、海岸線と平行して走る高さ数メートルの堤防のような東部自動車道路が、うっすらと黙ったまま浮かんでいます。
大津波から車で逃げた人たちは、自動車道路の下まで来ると車を捨てて斜面を必死に駆け登り、間一髪で逃れた人もいたはずでしたが…


近所の祖母の家の長男のお嫁さんから、iPhoneに電話がありました。
祖母の家では、庭にある井戸から水を汲み上げて風呂に利用してるため、断水してもお風呂に入れるということです。


わたしは、満天の星空の下にうっすらと浮かぶ東部自動車道路が命の分かれ目であったことを知り、運命の儚さを感じました。
星は何億光年もかけて地球に光を届けていますが、人間の命はほんの一瞬の瞬きに過ぎずなんと儚く脆いのかと…

この時わたしは、これは未曾有の大地震であり、おそらくたいへんな被害を各地にもたらしていると感じつつも、ほとんど情報を得る手段がなかったため、津波のためにあれほど多くの方々が犠牲になられ、福島では原子力発電所が大変な事故に見舞われていたことを知りませんでした。

そしてわたしのうちなる宇宙では、はるか彼方から星の光が届くように、いつの間にかほんの小さなひとつのひかりが芽生え始めていました。
「小さな丸い顔に大きなひとみ」という希望のひかりが…