《遂に人々を青き清浄の地に導かん》


晩夏の夕陽が、庭の柿の木や灌木などすべてを眩く包みこみ、ポンプ式の白い井戸の水汲み場の縁に腰かけているわたしを、ひとつの世界へと誘います。
わたしは、祖父にねだって買ってもらった当時たいへん話題になっていた漫画本を膝の上に乗せ、そこから喚起された世界に没入していました。

《その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし、失われし大地との絆を結び、遂に人々を青き清浄の地に導かん》

夕陽に包まれた目の前の庭が、金色の野へとかわり、わたしは腰かけていた水汲み場から立ち上がりました。

失われし大地との絆を結び、遂に人々を青き清浄の地に導く…

わたしはこの言葉に取り憑かれたように虜になり、ひとつの影を追っていました。

人々を青き清浄の地へと導くものとは…


晩ご飯を食べ終え、祖母が茶の間のテーブルを片付け始めると、わたしはさっそく漫画本を出してページを捲り始めました。
するとテーブルを布巾で拭きながら、短い髪に鼻筋がとおり二重まぶたのくっきりとした瞳のナツコちゃんが覗いて来ました。

ユウちゃん
それナウシカの原作だね
………
わたしも読みたかったんだ
終わったら貸してくれない?
………

うん
いいよ
………

そうだ
今度、映画にもなるみたいだから
始まったら観に行こう
………

うん
ありがとう
………

でもナウシカって
ユウちゃんにはむずかしくない?
………

そんなことないよ
人々を青き清浄の地へと導いたのがナウシカだね
………
そして王蟲や昆虫たちがその道しるべとなったんだ
………

そう
ユウちゃんすごい
でもわたしってナウシカに似ていない?
髪も短いし顔も整っているし
ね?
………

わたしはなんだか恥ずかしくて、すぐにナツコちゃんへ返事を返すことができませんでしたが、実際に心の奥では似ていると思っていました。
ナウシカのような勇敢な行動力があるかどうかは疑問でしたが、ナツコちゃんの整った顔はまさしくナウシカのようであり、そしてその儚くさみしげなひとみがどこか似ていると…


わたしはその頃よく自分で、漫画を描いていました。
そしてナウシカに喚起されて、1冊のノートに漫画ではなしに、はじめて言葉によるひとつの物語を書いてみました。


昏い東の空の底辺が色づき始め、庭一面に朝陽が注がれると、すべてのものの形や色が蘇って、わたしを迎えていました
わたしはポンプ式の白い井戸の水汲み場の縁に腰かけて物語を書き始めました。

ー夜空に青い星が輝いた時、世界は大きな戦争によって滅び、わずかに生き残った人びとは、はいきょになった都市を捨て新しい土地でくらし始めましたー


人間はやがて大きな間違いをおかすだろう、それでもなんとか生き残った人びとが新しい都市をつくりなおす、そしてそこにひとりの救い主があらわれる…

心の奥に、《遂に人々を青き清浄の地に導かん》という言葉を刻みながら…

そしてナウシカに似ているだろうナツコちゃんの儚くさみしげな美しい表情を思い浮かべながら…