《「森」へ》
薄青い色彩の東の空の底辺に、太平洋沿岸の防風林の役割を担う黒緑色の松林が並んでいます。
春の日差しが、南へ一直線にのびる東部自動車道のアスファルト道路を、新生の方途へ導く道標のように光らせていました。
MINIクーパーの3本スポークのステアリングを握るマグダラのマリアは、白いキャップに首元が丸く開いた白いカーディガン。
耳には白い花形のVan Cleefのピアス、首にも白い花形のVan Cleefのペンダント。
そしていつもの、クロエオードパルファムの香り…
助手席のわたしはシーを膝に乗せ、微かないびきをかくシーの柔らかくなめらかな白とゴールドの体毛を撫でていました。
あの日の翌日、地元の病院は断水のため機能を失い、腎臓の病いで長年人工透析治療を余儀なくしていた父を、ルノー・カングーに乗せて拠点病院の仙台社会保険病院へ向い東部自動車道を北へ走らせました。
あの時は、漆黒の夜空のもと唯一点々と続く自動車道の照明が、わたしたち親子の道標のようでした。
暗闇の先の荒ぶる神のようであった太平洋の海は、不気味な静けさを保ち、地震のために歪みが生じたアスファルト道路を、大きな隆起を避けながら疾走しました。
もう深夜の23時。
不安げな様子の父は黙ったまま、海の方をじっと見つめていました。
宮城県内から集まった患者で溢れた仙台社会保険病院で、普段の半分の約3時間の人工透析治療を終わらせ、帰途のためふたたび東部自動車道を走らせると、東の空もやや色づき始め、周りの景色が徐々に認められるようになって来ました。
防風林の松林はほんの数本残すのみ、朝陽に照らされた田んぼや畑には夥しい数の瓦礫が散乱し、何台もの車が無人のまま放置され、横倒しになっているものも数台あります。
しばらくすると、やや船体を斜めにした巨大な大型漁船が、こんな海から遠く離れた畑にまで運ばれていました。
どこかの漁港から運ばれたのでしょうが、なんという大津波の力でしょう。
朝陽に、父の少なくなった白髪が白く光りました。
肌色のわるい皺の多い顔の父は、今朝も黙ったままそんな異常な光景を眺めています。
わたしはわざと、そんな光景のひとつひとつを、父に向かって言葉にしました。
言葉にすることによって、より確かにこの悲惨な光景を父と共有したいという思いから、そしてこの光景を父と眺めた経験を、貴重な思い出として深く心に残したいという願いから…
お父さん
防風林の松林が津波に流されて、もう数本残すのみだよ
もうあたりいちめん瓦礫だらけだね
こんなにたくさんの車も流されているよ
乗っていた人たちはどうなってしまったのだろう
あれを見て
あんなに大きな漁船がこんなところにまで運ばれているよ
信じられないね
やっぱり今度の大津波は本当にすごかったなぁ
………
東部自動車道を下りると、わたしが小学校の卒業まで住んでいた村はもうすぐです。
国道6号線を少し走り左折すると、村へは一直線を残すのみです。
長いまつ毛に二重まぶたのひとみのマグダラのマリアは、微かにいびきをかいて熟睡しているシーに向かって優しくもしっかりとした口調で語りかけました。
シーちゃん
もうすぐあなたの大好きなユッキーのふるさとへ到着よ
シーちゃんのそのつぶらなひとみは何を見るのかしら
シーちゃんはどう感じるのでしょう
………
シーちゃん
あとできっと教えてくださいね
………
春の午前の日差しに煌めくシルバーのMINIクーパーは、大津波の被害のため損壊した村の駅舎前から左折をし、かつてわたしが小学校時代に住んでいた国鉄官舎へと向かいました。
そしてその国鉄官舎のすぐ裏には、わたしが頻繁に通ったあの「森」があります。
わたしは、わたしの膝の上で微かないびきをかいて眠るシーの丸い顔をじっと見つめ、そっと頭を撫でました。
そう、子どもの頃「森」の中心から見上げた、その絶え間なく雪を降らせた深い灰色の夜空に浮かんだひとつの顔、「小さな丸い顔に大きなひとみ」のきみ…
いつかきっと会えると思っていた、そして東日本大震災の時にさらにその思いが強くなったきみが、たしかに今こうしてわたしの膝の上で、やわらかな春の日差し包まれ微かないびきをかいて寝ています。
ほんとうにほんとうにきみに会えました。
ありがとう
シー
