《白にむらさき色の花模様の浴衣》
まぶしかった
吹き流しをくぐったあの笑顔が
でもときおりかなしそうな目で
ぼくをじっと見つめる
ぼくはナツコちゃんのほんとうのことを
わかってあげられなかった
8月に入り、真夏の日差しがすべてを蜃気楼のように不思議な風景へと誘うなか、ナツコちゃんと仙台七夕まつりを観に行きました。
ー仙台七夕まつりは、8月7日を中日として、8月6日から8日までの3日間、仙台市中心部の一番町や中央通りのアーケード街におよそ3000本の飾り付けがなされ、街中が七夕一色になる東北三大祭りの1つですー
その日のナツコちゃんは、祖母に買ってもらった真新しい白にむらさき色の花模様の浴衣を着て、ショートカットの黒髪には白い花飾りをさしていました。
アーケード街の天窓が大気圏となって、夏の強い日差しが弱められながらも、たくさんの七夕飾りに賑わう雑踏を物珍しそうに覗いていました。
人ごみのなか、ナツコちゃんのそんな眼差しに彩られた七夕飾りの吹き流しをくぐるたびに微笑む顔が、ほんとうに美しく眩しかった。
あんなに無邪気で楽しそうなナツコちゃんは、後にも先にも見たことがありません。
ナツコちゃんの細い指が、わたしのまだ小さい指と鍵のようにたしかに重なり合い、わたしが時々そっと力を込めると、ナツコちゃんも七夕飾りを見上げながら、応答するように握り返してくれました。
ふと、手を繋いだナツコちゃんの浴衣の袖から覗く小枝のような細い左手首に、線を引いたような傷跡があることに気づきました。
わたしが驚いてその痛々しげな傷跡を注視していると、ナツコちゃんがふっと微笑んで浴衣の袖で隠しました。
ユウちゃん
誰にも内緒にしてて
………
とくにお祖母さんに言ったりしないでね
秘密だから
約束よ
………
わたしはよく事情を飲み込めないまま、ナツコちゃんが困ることはけっしてするまいと、うんと大きく頷きました。
秘密だね
約束するよ
………
するとナツコちゃんは、ふたたびそっと指に力を込めて握り返し、ずっと忘れていたことを思い出したように呟きました。
わたしのこと忘れないでね
………
「森」の中心の樹々の空間から、白い満月が大きな大輪の花のようにあたりに光を派生させ、いつになく樹々の枝や葉が鮮明に映し出されます。
ぼくはナツコちゃんと手を繋いで、獣道を「森」の中心に向かって歩いていました。
樹々が風にざーと揺れ、樹々や雑草の匂いがします。
樹々の隙間から、何かの気配を感じました。
月明かりに照らされた血に染まった子羊が、ぼくをじっと見つめていました。
驚いたぼくは、ナツコちゃんの細い指の手をさらに強く握ろうとしましたが感触がありません。
いつの間にか、隣を歩いていたはずのナツコちゃんの姿が、手のひらの雪片のように消えてしまいました。
ぼくが狼狽ておろおろしていると、血に染まった子羊がぼくをじっと見つめながら、口を開き何かを小さく囁きました。
わたしのことを忘れないでね
………
ハッとしました。
その真っすぐに向けられたほふられた子羊の瞳が、儚くも美しいナツコちゃんのひとみを思い出させます。
ナツコちゃんは、尊い犠牲者にして宇宙への生贄となって死んだのではないか?
そしてほふられた子羊となって、ふたたび、わたしの前にあらわれたのではないか?
咄嗟に、そんな決してあり得ないことを感じました。
しかし、月明かりに照らされていたほふられた子羊も、もうわたしの前から姿を消していました。
白にむらさき色の花模様の浴衣姿のナツコちゃんが、ふっと微笑んで小枝のような細い左手首の傷跡を浴衣の袖で隠したように…
