最近 神から特にさとされていることは『悔い改め』に関してだ

 

アンテオケ教会の牧師から癒しを祈ってもらった後に言われた

「間違っていたらごめんね 過去 いじめられていないかな?

その時に強い殺意を抱いたと思う そこを改めた方がいいよ」と

聖霊派の教会だから 聖霊によって示されたことを話してくれた

 

確かにいじめらていたことがあったが強い殺意を抱いただろうか?と考えて一週間を過ごした

異言での祈りの中で示され思い起こしたことは

小学3.4年の時に『くば ゆうじ』という子にいじめられていたことだった

拳銃があったら本気で撃ち殺してやると 強い憎しみをもったことを思い出した

40年も前の話し 自分でもすっかり忘れていたことを思い起こした

聖霊は そんな昔の事さえ『許し』と『悔い改め』を促したのだ

 

そんな過去に遡ってまで!?

 

また別の同級生によってお遊び的な性的虐待を受けたことさえも思い起こされた(-_-;)

 

祈りの中 時間をかけて許し 悔い改めをし 自分の罪を十字架の前に置いた

手放しますので取り扱ってくださいと祈った 少し時間はかかったが........

最近は『さら(まっさら)』になったというか楽になったというか 平安がある

 

イエス様が最初に発した言葉は『悔い改めよ、天の国は近づいた。』である

言い方を変えれば悔い改めなければ天の国に入ることはできないということ

 

『あなたの髪の毛一本まで数えられている。』と言っているように

あなたの今までの受けた傷や罪でさえも残らず 数えられているという意味なの

 

イエス様を信じて悔い改めて洗礼を受けたら終わりじゃない

長いクリスチャン人生の中で必ず過去の傷を示されて『許しと悔い改め』が求められるの

 

『裁判所へ行く途中、あなたを訴える人と出会ったら、裁判官の前に出るまでに、問題を解決するよう努力しなさい。

さもないと、牢獄に入れられてしまいます。そうなったら、最後の一レプタ(最小単位の銅貨)まで罰金を払いきらなければ、

出してもらえないのです。』

ルカによる福音書12章58~59節

 

イエス様は牢獄から解放させたいと願っているが手が出せない

『自分からすべて(1レプタ)を手放し 十字架の前に置かなければ牢獄から出られないからね』

急ぐ必要はないがキリストの再臨までというタイムリミットはあることを忘れてはならない

その日は近い

『悔い改め』と『許し』をし 最後の1レプタまで十字架の前に支払いなさい

 

花嫁衣裳に汚れがあってはいけないんだよ

 

野生のぶどうってね あまり美味しくないんだ

だから良い実を結ぶために接ぎ木されるのさ

そのためには枝の一部を切り取らなければ接ぎ木はできないよね

 

『また、目が罪を犯させるなら、そんなものはえぐり出しなさい。

両眼そろって地獄へ行くより、片目でも天国に入るほうが、よっぽどましだからです。』

マタイによる福音書18章9節

 

現実的な肉体を指しているんじゃない 

あなたの過去から形成された『心の体』に対して指摘しているの

切り取る行為が辛いことを知っている

許すことがとっても辛いことは知っているよ

俺も経験したから..........

 

打ち砕かれるといってもよいだろう

しかし 打ち砕かれなければ建て直すこともできない

切らなければ接ぎ木もできないんだ

 

許さなければ怒りと憎しみに身を焦がし そこから発生する病があるからね

若い時はなんともなくとも中年になってから出てくる病気(持病といわれるもの)は過去の傷が影響しているからね

イエス様は癒したいと思っているけど 手放さない限り 癒されることはない 

 

神はね 過去にまで遡り あなたの受けた傷 すべてを癒すことのできる御方なんだよ

愛溢れ 優しく思いやりのある御方だけど 厳しい御方でもあるが

 

イエス様でさえ譲歩できない『干渉』が存在しているんだよ

 

この世界は任意の自由が優先されてしまうんだ

それがこの世界の絶対的な基準だから

気が付いてほしいんだ

 

私が言いたいこと 話したいことは山ほどあるが言葉にできることは限れているんだ

『悔い改めと許し』があなたにとって いかに大事で必要なことかを察してほしい

取り残された花嫁のようになって欲しくないから話すんだよ

 

『けれども、私たちがいま味わっている苦しみは、後に私たちが受ける栄光に比べたら、取るに足りないものです。』

ローマ人への手紙8章18節

 

永遠の炉で過ごすか

永遠の天国で過ごすかは すべてあなたの心次第で決定するんだよ

べオルの子 バラム

 

民数記22章からまとめて

モーセがイスラエル十二部族を引き連れ ヨルダン川に滞在している時に

モアブの王 ツィポルの子バラクがユーフラテス川流域にあるアマウ人の町

ペトルに住むベオルの子バラム(魔術師)を招いて十二部族を呪ってほしいと嘆願する場面だ

結果 バラムは呪わずに三度の祝福を送った

バラク王に叱責され呆れられ バラムは故郷へ帰って行った

 

教会学校の先生や牧師がここを題材に『べオムの子 バラムの回心』で教えたりするが

もう少し読めばわかるのだが バラムはイスラエル人によって殺されるのだ

 

民数記31章8節

『その死者のほかに、ミディアンの王たち、エビ、レケム、ツル、フル、

レバという五人のミディアンの王を殺し、またベオルの子バラムをも剣にかけて殺した。』と

 

何故殺されたかは不明だがヨハネの黙示録に出て来ている

『しかし、あなたに対して少しばかり言うべきことがある。あなたのところには、バラムの教えを奉ずる者がいる。

バラムは、イスラエルの子らの前につまずきとなるものを置くようにバラクに教えた。

それは、彼らに偶像に献げた肉を食べさせ、みだらなことをさせるためだった。』

ヨハネの黙示録2章14節

 

どういう経緯かは不明であるが 点と点を繋いで推測という立場で話すと

自分の故郷に戻ったバラムは何らかの形でイスラエル十二部族と関わりを持ったと考えられる

地域で名の知れた魔術師だ 悪霊に唆されて接触を図った 惑わすために

自分達を祝福してくれたバラムに悪い気はしなかっただろう 当然受け入れた

 

しかし 後に多くのイスラエルの子らに淫らな教えを広め躓かせた

結果 剣で殺された

 

主の絶大な力を理解していても回心したとは到底思えない

だから教会学校やメッセージで取り扱うのは控えたほうがいい