先月の熊本地震
わが地から遠く離れた地ですが、被災猫ちゃん達の事、イオンの事、被災に向き合わない?政治の中枢のパフォーマンス動画……
次々と現れる事象に怒と哀が乱れてしまいます。
熊本って私には他の地域と違ってちょっと思い出が強い地なのです。
一つ目の思い出は
亡き父との唯一の『たび』が阿蘇山だったのです。
学生の時のひと夏に別府で夏季講習がありました
別府の鉄輪温泉の湯治宿に講習者達が団体宿泊して講習に一か月間通いました。
(私は使っていませんが、裏庭に湯治客なども使える蒸し釜があったのを記憶しています)
元々旅行は好きな父が、私に会うためにと言う口実で重たいスイカを持って別府に来てくれました。(肥沃な大地の地域にスイカ土産ですがお許し下さい)
細かい事は忘れましたが、日曜日に別府から汽車等に乗って二人で阿蘇山に行きました。
火口付近にも行ったと記憶しています。
残念ながら写真とかがないのよね
私の実家は子ども時代”家族のみ全員”で旅行に行った事がないのですよね。
(地域の集まりのプチレクリエーションは結構ありますけれど)
しかも、
母との旅行は少しあっても父とは無かったのです。
(だからと言ってそれが変だと思うことすらなかったです。
昭和30年台の家庭では珍しくはなかったのかもしれませんね。)
今、NHKの連ドラの再放送物で”ひよっこ”が放送されていますね。わが地は出稼ぎは無かったですが、あの時代の日本がよく表れていると思いますね。
当時の農村の懐かしい光景のまんまです![]()
昭和20年台から30年台半ばまでは日本全体が”貧乏国”ながら慎ましく暮らしていた…… ですから、今の時代の様に家族皆での大移動の旅行に行く人は少なかったのではないでしょうか。
超余談ですが、石油由来生活製品というものはまだまだ世の中に行き渡っていなかった…… ストッキングの日本上陸が1952年らしい(昭和27年ですね)。OL等が一斉に履きだすのはもう少しのちでしょう。今当たり前の食品トレーなんかも私が大人になってもまだまだ無かったと思います。
(脱線、失礼いたしました
)
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最初に書いた父との阿蘇山行きも、自宅から出発して阿蘇山に行ったのではなく、私の宿泊先に訪れての流れでしたので、旅行とは言えませんけれど
父との旅行ってなかったので、なおさら鮮烈な思い出なのです![]()
書き出すと止まらずに脱線する(笑)ので、ストップします![]()
これが一つの熊本の思い出
もう一つは、夫との数少ない旅行先の一つが九州の阿蘇周辺旅行だったのです。
夫は一緒になった頃、何故か友人達とは毎年積み立て旅行に行っていたのに、私との旅行は僅かでした。(なんでやねん!笑)
今回の地震は熊本でも阿蘇山の方ではなかったけれど、夫と車で旅をした時の阿蘇周辺の雄大な景色が強烈に焼き付いています。
阿蘇山の肥沃な土と清らかな水のお陰で日本の農作物の巨大な生産地としての地位を確固たるものにしていたのですが……
tsmc…
又脱線しそう……ストップです![]()
その熊本は、前回の地震のあと10年間必死に復興に頑張って前を向いて来られたのに、と思うと
なんで?って……
なんで又って、思っちゃいます
被災された方のお気持ちを考えてしまいます![]()
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少し前に、今後設置予定の防災庁という看板の前で政治家がポーズをとっていました。
それとは別に東日本大震災の為の復興庁があります。
が、この復興庁の仕事も大規模壁や箱物建設は目につきますが、疑い深い私には、政治家たちの利権の温床になっているのでは疑惑が頭をよぎりますね。
この”復興庁”には莫大な予算が投じられていますが
本当に被災された方々の為になっている使われ方がどれくらいあるのかなと不信に思いますね。
お役所の無駄遣いをチエックする
会計検査院って仕事している?
国民の税金をむしり取った莫大なお金を、ほんの少ししか国民の為に使っていない様に感じる昨今です。
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今度発足する防災庁様には、本当に必要かをしっかり精査しながら、温床等にならない様にお願いしますね![]()
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行政様には、ボランティア任せにならない様に
熊本の方々に手厚い復興の手を差し伸べて欲しいです
(例えば、災害援護資金について、
お金を無利子で貸与するってドヤっているのを先日も耳にしましたが、何言ってんの、貸すのではなく支給でしょ。
『生活費、家賃、修理費等に使う費用のためのお金を貸してやるから
後で返せよ、無利子にしてやるから有難く思えよ』だって(あぜん)。
いくら無利子でも生活費等に使ったお金を返す余力なんてある方は少ないでしょう。
勿論貸付ではない支給金も数百万円ありますよ。
これだけ物価が高騰しているのに、雀の涙にしか思えませんね![]()
私おばぁは、被災者に今まで暮らして来た地を離れるようにしているのでは?疑惑を感じますよ。そのあとの流れは大体分かる人には分かりますよね。
皆さんがネットに書いておられる様に、海外援助金、莫大な金額をポンポンと気前よく配っています。(リターンがあるそうです。異常なばらまきです。)
海外への援助金、ストップして復興にまわしておくれ。
おばぁの頼みです![]()
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あっ、
そう言えば思い出しました。
今回地震の一報が入りすぐの被災状況がまだ少ししか情報がない時、自動車道の高架がズドンと断層に沿って何本もずっている映像を頻繁に一時間程はテレビが映していました。
(その後判明した各所の被災やイオンの事などでその後は自動車道のズドン映像は減りましたが……)
私この映像を見て
『えっ、これだけ大きな地震なのに自動車道の被害がこの程度で済んでいるの?』
って凄い驚きを感じました。
高架の自動車道の崩落がなく、車も道路上に留まったままで落ちずに無事でしたよね~
凄いことじゃないの?
すると、地震の数日後だったかな、TⅬに流れてきた情報にあったのですが、
十年前の教訓で、その後自動車道の会社が、大地震でも最小限に食い止める事が出来る様に完全に落ちないように工夫をされていた成果だったようなのですね![]()
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阪神の時にずらずらと横倒しになった高架の映像が強烈に残っていますからね。
(車用か、列車用の高架かは定かではありませんが)
今回、本当に良く持ちこたえていたと関心していましたが、技術向上のたまものなのですね![]()
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しかも被災後二週間たたぬ数日前には、その大きくずれた高架を戻す作業がされて全線開通の運びになったと言うではありませんか!
九州の大動脈が2週間で復活するなんて、地震直後に誰が想像できたでしょうか![]()
これぞ、10年前の災害の教訓を活かしたニッポンの底力、と胸熱になりました。
テレビも余り見ないので分かりませんが、こういう”予防災”の素晴らしさもしっかり取り上げて下さったのでしょうか?
避難所のイメージ操作の様な氾濫情報等、一たび大きな問題が発生した時に、いかに情報の洪水に流されずに目と耳を研ぎ澄ますかは大事ですね![]()
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本当は今日は夫の初盆が一区切りしましたので、その事を書くつもりで、pcを前にしたのですが、それは又別の日に書けたらなと思います![]()
読んでいただきありがとうございました![]()