巨匠の足跡「ベートーヴェンとブラームス」 | 上海鑑賞日記(主にクラシック)

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上海生活の合間に聴いた音楽や見たスポーツなどの記録を残します。

日時:2023年08月13日(日)19:30~

会場:上海音楽庁

演奏:劉念 大賦格の室内楽仲間たち

独奏: 

曲目

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第8番 変ホ長調「ラズモフスキー」 作品51の2

ブラームス:弦楽五重奏曲第2番ト長調 作品111

 

 

感想:

 珍しく室内楽の演奏会を訪れる。

 特に曲や演奏者にターゲットを決めて訪れたわけではなく、オケの演奏会が少ないこの季節なので、タイミングと価格が手ごろなものを選んで訪れてみた。

 会場は上海音楽庁で響きが豊かなホールではないが趣のある場所。

 演奏者は常設の室内楽奏団ではないようで、演奏仲間でのコンサートのようだ。

 前半はカルテットで、ラズモフスキーの2番。

 さて演奏が始まると、リズムは揃えて音楽らしき形にはしているが4人が音を揃えているだけで、4人で一つの音楽を奏でているような流れにはならない。

 休止の部分も必要以上に止めてしまっている印象で音楽の流れを切ってしまっている。 

 本来は余韻を残す効果の瞬間なのであるのかもしれないが空間のデッドさ加減が残響を減らして音楽を殺してしまっているのかもしれない。

 またバランス的にもヴァイオリンだけが目立ってしまっているようで、ヴィオラが弱くカルテットとしての響きが味わえない。。

 楽譜に従って音は鳴らしているが、音楽としての命に息が吹き込まれず音の流れが繋がっていかないのである。

 奏者同士の掛け合いやリズムのグルーヴ感も共有されないのである。

第4楽章のフィナーレに入り、明るいメロディに誘われてリズムは少し良くなったがこの曲の持つネアカな楽しさにはやや欠けたまま曲が終わる。

 

 

 後半はブラームスの弦楽五重奏曲。

 1890年ころの作品とされ交響曲第4番のあと、自らの衰えを感じ、遺作と考えて作曲したような経緯があるようだ。

(実際にはこの後にもクラリネット五重奏曲などを作曲している。)

 前半と比較してヴィオラが一人追加されている。

 人数が増えた影響なのか音楽の流れはよくなった印象になり、音の厚みは増した状態で音楽がスタートする。

ただ楽器間のバランスのとり方が相変わらずヴァイオリンの主旋律に偏っていてヴィオラの旋律の押し出し方が物足りないというか、五重奏曲の特徴が生かされていない気がする。

これは敢えてこのバランスにしているのか、単にヴィオラが弱いのかわからないが、音が絡んでいる際の旋律のバランスの割り振り方がやはり偏っている印象だった。

このバランス次第でもっと違った表情が見えたように思う。

第2楽章は緩徐楽章のアダージョで、やはりヴィオラがもっと目立っていい楽章という気がするがヴァイオリンのメロディの謡い方が強すぎると印象で、五重奏曲としての深みを引っ張り出して切れていない。

第3楽章もゆっくりした楽章だが、歌っているというより楽譜通り弾いている感が強く音楽がメリハリを持っては流れていかず、音楽が紡ぎだされている印象が少ない演奏になった。

そしてフィナーレはバランスという面では悪くなかった、テンポが上がった割には音がスムーズではなく、ブレーキのアクセルの踏み分けというか、ドライビングがぎこちないまま終わる。

流石に最後のフィナーレの部分だけはスピードに乗ったので波に乗ったようには聴こえ、アンコールにも使われたが帳尻だけあわされた感は否めなかった。

いつも聴いているオケ同様に、演奏の技術だけは水準に達していても音楽として表現はまた別物であることを改めて感じた演奏会だった。