という言葉には、色々な含蓄があるなぁということを思いついて、いつだかにメモってたのが出てきた。
うわーと思ってたらNHK教育の「会社の星」が、「失敗」の話で、……結構面白かった。
こんな番組があるなんて、知らなかったなぁ。
掃き溜めに鶴って言葉がある。
でも掃き溜めってのは、普通はただのクズの山。
「今、自分がいるところ」は、掃き溜めだろうかと思ってみることは、決してワルイコトじゃない。
むしろ……自分中の、あるいは他人に対してのハードルが高くなればなるほど、そこは掃き溜めに見えるはずだから。
だから怖いのはむしろ、「ここはいい所だ」「こんな所で働けるなんてラッキーだ」と思うことなのかも知れないと思う。
あるいは……イマドキなら「こんな所でも『働けるだけマシ』」とかね。
どうしてかって言うと。
自分は「こんな所でしか働けない」ってことから目をそらしてるだけかも知れないから。
本当は「こんな所で働いている」自分を「それじゃダメ」だと思って、努力しなきゃいけないと思うんだ。
その努力は色々だと思うけど。
でも、それは面倒くさいし、そんな自分を認めるのはつらいし、そんなことしたって報われる保障もないし、そんなことしたって給料が増えるわけでもないから、ついつい「まぁいっか」になっちゃうのかも知れないと思ってみたりする。
じゃぁ何をしろって言うのは難しいけれど。
私なりに考えて、それは「鶴」になることだと。
鶴がどうして掃き溜めにいるのか、それは分からないけれど。
鶴には鶴の事情があるんだろう。でも、いるんだって。
こんなことわざが出来るくらいにはね。
うーん、餌を探してたまたま舞い降りただけかも知れないね。
喰えるもんがあったら、喰って飛び立ってしまうのかも知れないけど、そこにいる「クズ」は少なくともその瞬間「鶴」ってもんが世の中にいることを知るわけだ。
だから。
クズの中に、鶴になるものが出てきたって不思議じゃない。
鶴になったら飛び立っていくかも知れないけれど。
飛び立って行けるような鶴になる努力をしようと思うね。