闇夜のドライブ | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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二日前の満月が
あまりにも美しかったので、
夕食の後、
妻をドライヴに誘った。
高速道路を降りて、
自宅へ向かう
下り坂の途中からの眺望が、
素晴らしいのだ。
日本で一番大きい湖を見下ろせる、
おそらく
元はバス停であったと思われる
駐車帯に車を止めれば、
僕が目撃した絶景を、
妻と共有出来る。

巨大なオレンジ色の月と
湖面に反射する帯状の月明かりは、
恐らく二日経った今夜も
ほとんど同じ状態で現れるに違いない。

昨夜にも
僕は月見を企てていたのだけれど、
満月だったから?
眠れなかったせいか、
夕食前に
ソファでうたた寝をしてしまい、
タイミングを逃してしまっていたのだ。

実は、
クーラーの修理に出していた愛車が
丁度戻って来ただけでなく、
壊れていたスピーカーを新調したので、
試運転も兼ねて
外出をしたかったというのもあった。
クーラーは凍える程利いた。
妻が、
切って欲しいと懇願したほどだ。
僕達は共に窓を開けた。
一方、
カーステレオは、
交換前よりは
遥かに高性能であったけれど、
スウェーデン製の代車に比べると
クオリティーは不十分だった。
そもそもエンジン音が大き過ぎて、
音楽を聴くには向いていない。
ドアのポケットで見つけた、
Dadisi KomolafeのCDを
かけたけれど、
僕は1分もしない内に
その名盤を取り出してしまった。

5分程で目的地に到着した。
月の出の時間をネットで調べていたから、
それはほぼオンタイムだった。
しかし、
待てど暮らせど
一向に月が昇る気配がない。
そう言えば、
空に星は出ているものの、
湖の対岸の灯が見えない。
ひょっとすると湖面に近い部分が、
雲で覆われているのかもしれない。

「北上して、
湖畔を走ってみれば、
その内月が昇るかもしれないわよ」

落胆することなく、
妻は僕の別の目的を察したかのように
共犯者のような笑みを浮かべている。
僕はその提案を受け入れ、
アクセルをふかした。

高速道路の高架が終了すると
一般道に繋がって行く。
郵便局のある村を抜け、
湖の脇を走り続ける。

「何も見えないわね・・・」

ハンドルを握る僕は
ただ前方を見ている。
月の出の確認は妻の担当だ。

「視界は闇よ」

妻の
冷徹で現実を直視した報告が、
風で飛ばされそうになる。
それにしても、
暗い。
対向車のヘッドライトが
いくつも通り過ぎて行くが、
湖に沿って続く道路には、
ほとんど電灯がないのだ。
僕は慎重にハンドルを握る。
いくつものカーブに気をつけながら。

妻と月を見に出かけるのは、
これが二度目だった。
一度目は丁度一年程前の事。
彼女のご両親が遊びにいらした時に、
月の出を湖の
ビーチに観に行ったのだ。
あの時も満月の直後だった。
その時の事を妻も思い出したらしい。

「警察に職務質問されたわよね?」

砂浜で月の出を待っていると
見知らぬ男が駆け寄って来て、
僕たちに
「通報してくれたのは
あなた達ですか?」
とおもむろに尋ねて来たのだ。
そして、
彼の背後から
警官が二人近付いて来て、
僕たちの顔を
懐中電灯で照らし出した。

何でも沖合でボートが転覆し、
その男だけが岸に辿り着いたらしい。
僕たちではない誰かが
警察に電話をかけ、
警官と落ち合った男が
現場に戻って来たらしい。
友達の安否を気遣っていた。
彼らも
月の出を見る為に
船を出したのだろうか・・・。

「あの人のお友達、
無事で良かったわね」

湖畔に住む妻の友人が
その数日後に教えてくれた。
子供の頃から
夜の海が怖かった僕には
信じられない話だ。
闇の湖を
泳いで岸まで戻るなんて・・・。
想像しただけで鳥肌が立つ。
いや、
待てよ。
あの日も
月が眩しい程明るかったな・・・。

「もう、そろそろ帰ろうよ」

妻が
声のボリュームを上げる。
僕は、
右折した後に
左折を2回繰り返し、
来た道を戻る。
何事も
過度の期待は禁物だ。
妻を
ドライブに誘うなんてことは、
もう何年もなかった事だし、
失敗はいつか
笑い話に変わる。
それに、
僕は、
エンジンの音にも、
車の走りにも
満足していた。

家に着くと、
妻は何事もなかったように、
そそくさと
二階に上がってしまった。
愛犬に与える
水の入ったペットボトルを持って。
僕は、
キッチンで
メールのチェックを始めた。

ふとメッセンジャーに
妻からの
不在着信が残っていることに気づく。
ほどなく、
伝言が届いた。

「月が見えるわよ」

僕は
階段を駆け上がった。
ゲスト・ルームの窓から
真っ赤な月がクリアに見えた。
丁度
フレームの真ん中に
位置している。
絶景は
思わぬ場所に出現した。

「出かけなくても、
ここで待っていれば良かったわね」

いや、
そんな事はない。
僕は、
闇夜と並走したドライブのことを
いつまでも忘れないと思う。