TCJFを僕に始めさせた男 | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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Kyoto Jazz Massive 沖野修也 Official Blog

Tokyo Crossover/Jazz Festival、
略してTCJF(ティー・シー・ジェイ・エフ)。

今年10回目の開催に
参加するクロアチアのDJ、
EDDY RAMICH。



僕のファンの方なら
この夏、
モンテネグロ~クロアチア~
オーストリア~スロバキアを
車で1000キロを旅し、
僕が
9日間7ヶ所でDJをしたのご存知ですよね?

あのツアーを
オーガナイズしてくれたのが
このEDDY RAMICH。

なんとその1000キロの旅の
運転手も彼でした。

共に
今年DJ生活25年という事で
二人の似顔絵を使った
缶バッジと
Tシャツを作ったんですが(笑)。
何気に評判良かったですよ。



実は、
このEDDY RAMICHこそが
僕にTCJFを始めさせた男なんです!

あれは、
2002年と2003年の事。

彼がオーガナイズした
"FUTURE JAZZ FESTIVAL"
というイベントに呼ばれたんですよ。

当時ザグレブと言えば
内戦が終って
10年も経っていなかった。

そこに
AZIMUTH
Zero dB、
2BANKS OF FOUR、
GILEES PETERSON、
Phil Asher、
Domu
なんかが呼ばれて
ライブやDJをする訳ですよ。

2年連続で行ったんですが、
共に3日間の開催で
5000人弱集まってたんですよね・・・。

正直、
衝撃でした。

当時、
東ヨーロッパって
ほとんど
情報がなかったし、
クロアチアも内戦のイメージしかなかった・・・。

でも
そこは活気に満ちあふれ、
僕が尊敬するレジェンドや
仲間達が
聴衆を大いに盛り上げていたんです。

既に日本でも
フェスが続々と立ち上がり
フジ・ロックなんかが
大きな話題になっていましたが、
全ライン・アップを
クラブでかかる
ジャズ系で固めたフェスは
世界的に見ても
まだなかったんですよね。

それが
クロアチアのザグレブで
成立している。

はっきり言って
クラブ・ジャズや
クロスオーバー・ミュージックに関しては
日本が先進国だと思い込んでいたので
目から鱗状態。

勿論、
EDDYを心から尊敬しましたよ。

既に、
彼の楽曲、
「STARLITE」が
NYのBODY&SOULでかけられていたりして
クリエーターとしては
認識していたんですが
やり手の
イベント・オーガナイザーだとは
つゆ知らず・・・。

その時、
僕は
ザグレブで決意したんです。

何故日本で
クラブ・ジャズと
クロスオーバーに特化した
フェスがないのかな?
と嘆いているんじゃなくて、
自分で始めるしかない!と。

その内、
誰かがやってくれるんじゃないかな?
と待っていても
そんなのは
いつになるか判らないし、
一生始まらないかもしれない。

EDDYが走り回って
フェスをオーガナイズし、
皆をケアし、
トラブルを解決する姿に
胸を打たれました。

音楽を愛し、
人を愛するその姿にも。

その二つの事にかけては
僕も
相当自信があったんですが、
EDDYに出会って
上には上がいるなぁと
思い知らされました。

申し訳ないけれど、
10年前の
クロアチアは
音楽シーンで
そんなに
重要視されていなかったんです
(今や世界を代表する
夏フェス開催国に成長!)。

でも
EDDYは
世界各地から集まったDJの中で
誰よりも
情熱があったし、
状況を自分の力で
変えるんだという
強い意志が漲っていました。

その後も彼は
プロモーターとして
CARL CRAIGや
THEO PARRISH、
若手では一躍スターになった
DISCLOSUREを早くから
クロアチアに招聘し
音楽シーンの発展に
大きく貢献して来ました。

DJとしての
スキルもなかなかのもので、
東ヨーロッパでは
No.1ハウスDJとの
呼び声も高いんです。

90年代は
EDDY & DUS名義で
(なんと10年振りに再結成!)
00年代は
EDDY MEETS YANNAHとして
活動していたので
ご存知の方もいる事でしょう。

そんな
TCJFを始めるきっかけを
作ってくれた
EDDY RAMICHを
10周年を記念する節目の回に
招聘する事ができました。

なんと
初参加です。

彼が僕に与えてくれた
インスピレーションが
10年かけて日本に根付き
僕の妄想が
実現し
成長した姿を
彼に見せたいと思います。

皆さんも
彼の素晴らしいDJを
是非とも
TCJFで体験して下さい。