「未来世紀ブラジル」ジルの驚くべき”正体”とは??
土曜日に「午前十時の映画祭」にて、久しぶりに大画面で「未来世紀ブラジル」を堪能した。
そもそも僕が中学3年の時に公開されたこの映画は、思春期の心にトラウマを刻むには十分すぎるヴィジュアルとラストのオチであった。
当時、ラストに打ちのめされて家に帰ったら、ちょうどテレビで「カプリコン・1」がやっていた。
その最後で、死んだはずの主人公達が人前に出る事で、政府の陰謀が暴かれるシーンがあるのだが、それを観ていたら、「人生、そんなに都合良く行くわけないだろ!!」と、メチャクチャ「未来世紀ブラジル」の影響を受けまくりだったのは、懐かしい思い出だ。
もちろん「カプリコン・1」は大好きよ。
で、今回、改めて最初から最後まで通しで観ると、物語が主人公サム・ラウリーの視点からしか機能していないことに今さらながら気が付いた。
サムが夢の中で美しい女性と恋に落ちるが、現実世界でも瓜二つの女性と出会い、その女性に政府の魔の手が伸びようとしているから、その女性を必死に守ろうと戦う・・・というストーリーなんだけれど、これってサムの目線から見た内容なんだよね。
サムに勝手に見初められてしまった女性ジルにしてみたら、突然、変な役人に付きまとわれて、「君に危険が迫っている!」「僕を信じて!」と騒がれてしまうだけ。
更には、ジルの運転するトラックの助手席にサムを乗せたのは良いけど、警察の検問に差し掛かると、サムは突然アクセル全開で検問を突破して、ジルまでもが警官殺しの容疑者になってしまう。
さらには、サムはジルの持つ小包を爆弾だと勝手に思い込んで、ジルをテロリストの一味と疑い出すわ、完全にサムはキ〇ガイでしかない。
ここで思い出したのが、似たような構造を持つ映画として、僕がこよなく愛する「未知との遭遇」が挙げられる。
この映画の主人公ロイ・ニアリーも、UFOと接近遭遇してから、奇怪な「山」の幻影が頭から離れず、おかしな行動をしだすのだが、これも、主人公の視点からのみ物語が成立しているのが興味深い。
主人公からすれば、UFO事件に無理解な家族からは孤立し、結局、呆れた家族は家を出ていってしまう。
さらには仕事もクビになり、政府の妨害もある中、あの頭から離れなかった「山」が実在すると判明する。
そして、「山」を目指す中で、ついに未知の存在との接近遭遇を果たすのだ。
だが、家族の視点からすれば、世間のUFO騒ぎの中で、突然父親が奇怪な行動をとりだし、そのせいで父親は仕事もクビになる。
なのに、父親はUFO熱に憑りつかれたままで、その影響で母親も錯乱状態に。
そんな様子を子供はドアの陰で涙を流すだけ。
結局、母子は父親を置いて家を出ていってしまうのだ。
たまったものではない。
この「ある視点からしか物語が成立していない」という構造は「未来世紀ブラジル」でも顕著だ。
今回、ブラジルを初めて観たと思しき人は、ツイッターで、「主人公が色恋沙汰に夢中になってからの視野の狭さが酷過ぎ」「女性側からしたらただのストーカーだよね。理由も分からず付きまとわれて。」などなど、サムの常軌を逸した行動にドン引きの意見が多数見受けられた。
すると、ここで僕はふと気が付いた。
なぜジルはサムに心を許し、愛するまでになるのか?
上記のように、ジルはどこにもサムを愛する要素は全くないはずなのにだ。
ここが面白い部分で、サムの視点からだと、ジルのために自分は頑張っているから、ジルは自分に心を許してくれはじめている。だからこそ、テロ騒ぎがあった後でも、ジルはなんとか窮地を脱して自分の元に駆け付けてくれたのだ...とやや強引に片づけられる。
だが、ジルの視点に立つと、ジルとサムがテロの爆破に巻き込まれた後で、ジルはわざわざサムのもとに姿を現しているのはなぜだ?
奇行を繰り返すストーカー男から逃げられるチャンスがあったのに!
第一、サムのアパートの住所を知るはずがない。
それに、ジルはテロ騒ぎの時に警察に捕まっている(ように見える)から、物理的にもサムのもとに行けるはずがない。
これらの疑問を、単純にサムの視点からのみ成立するご都合主義の脚本だから、とも受け取れるが、監督は、テリー・ギリアム御大ですぜ!
シニカルな視点こそ真骨頂なこの監督からしたら、ジルの視点から考えても、筋が通るような物語になっている・・・とも考えられる。
そこで閃いたのは、「ジルは、サムをだましていたのではないか…」という視点だ。
この視点で物語を読み解くとこうなる。
テロ騒ぎで政府に捕まった(ように思える)ジルだが、もともとジルは「政府の誤認逮捕」について政府を非難していたため、政府から追われていた身である。
となると、ジルがテロ騒ぎで政府に捕まったとした場合、政府がジルを始末せずに取引したとも想像出来る。
政府にとっては、今やサムも厄介な頭のおかしい人物だから、ジルを工作員として彼の元に送り込んで、サムを消し去るための”口実”を掴ませようとしたのではないか。
ジルにとっても、ストーカーまがいの男に付け狙われ、自らも容疑者になっているのだから、仮に「サムを捕らえる事に協力したら、罪には問わないよ。」とか持ち掛けられたら、協力してしまうのではないだろうか?
よく考えてみて欲しい。
サムがジルを引き連れて、母親の元に行こうとする際、その二人をアパートの階段から様子を伺っていた男が居たと思う。
これまでは、あの男こそ2人の様子を目撃して政府に密告した人物だと思っていた。
至る所に監視の目が光っているという恐怖にも直結しているし。
けれど、もしあの男が、サムの元に送り込んだジルを監視していた男だと考えたら・・・。
ジルがちゃんと”仕事”をしているか、確認していた人物だとしたら・・・。
政府は、「監視の目」だけでなく、あらゆるところで人心を操り、「情報操作」も行っていることになる。
そして結果的に、サムはジルの書類を加工して「死亡」の烙印を押して、ジルが死んだと見せかけて救おうと行動に出る。
この行為が決め手となって、サムは拘束され拷問を受ける道をたどることになるのだ。
夢の女性を救おうとして、その女性に地獄へ堕とされてしまう・・・皮肉なオチでしかない。
では、ジルはその後どうなったのか?
2つの可能性が考えられる。
1つ目は、サムを政府に売り渡した後、何とか開放され、これまでの生活に戻る事。
もう1つの道は、やはりジルも政府に利用された後に処刑された可能性だ。
物語の流れや、整合性を考えると、ジルも処刑されたと考える方が理にかなっている。
ジルのプロファイルには「死亡」の記録が2度あった訳だし・・・。
なんともやりきれない。
まあ、結局、サムの頭の中ではジルと結ばれている訳だし、「人の心までは蹂躙出来ない」というこの映画のテーマからすれば、サムの視点が最重要だから、色々な読み解き方が出来たとしても、答えは一つに収れんされていくのかな。
とにかく、サムは「遠くに行けた」のだから。