『月刊社労士 20185月号』(発行:全国社会保険労務士会連合会)より

 

取締役の業務中の事故に対する健康保険給付

 

『月刊社労士』に毎号載せられている「社会保険審査会裁決事例」の内容を要約してご紹介します。

 

<事例趣旨>

請求人は、5名の会社の取締役で、工事作業中、斜面からの転落事故に遭遇し、外傷性頚髄損傷(四肢麻痺)を被り、病院で診療を受けました。請求人は医師の指示の下、当該傷病の治療のため、頚椎装具と両長下肢装具を装着し、その費用につき、健康保険法による療養費の支給を請求しました。

請求人は、受けた診療について支払われた一部負担金の額が自己負担限度額を超えたとして、健保法による高額療養費の支給を申請しました。健康保険協会の支部長は、本件事故による当 該傷病は業務外の事由によるものとは認められないとの理由により、療養費又は高額療養費を不支給とする旨の処分をしました。

請求人はこの原処分を不服として、社会保険審査官に対する審査請求を経て、審査会に対して再審査請求を行ないました。

本件のポイントは、本件事故による当該傷病を、健保法による療養費及び高額療養費の支給の対象とされるべきものと認めることができるかどうかというところです。

<裁決結果>

従業員5人の会社の取締役が業務中の転落事故により受けた傷病は、業務外の事由によるものとは認められないとして、療養費及び高額療養費を不支給にした原処分は取り消されました。

 

<認定及び判断>

健保法による保険給付は、疾病、負傷等同法所定の保険事故のうち、業務外の事由によるもののみを対象とするものとされています。療養の給付及び療養費(療養の給付を前提とする高額療養費の支給も同様)は、同一の傷病等につき労働者災害補償保険法による給付がされる時は行わないものとされています。

政府管掌健康保険の保険者は全国健康保険協会となり、昭和59年の健保法の一部改正(法人である事業所の場合、従業員5人未満であっても強制適用事業所とすることに改められた)の経過に鑑み、国民健康保険の対象とされる小規模個人事業の場合とのバランス等も考慮して、暫定的な措置として、「被保険者が5人未満である事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については、その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険による保険給付の対象とする旨の通達が発出されました。

この通達は、健保法による療養の給付等について弾力的運用を行うことによって、健康保険、労災保険のいずれからも療養の給付を受けられないケースに係る現実的解決を図る措置と評価することができます。その趣旨に鑑みれば、前記「被保険者が5人未満である事業所」は、「被保険者が常時5人未満である事業所」と解するのを相当というべきであり、「常時」は、「常態として」の意であることは明らかです。

以上のことから、請求人は健保法による保険給付について弾力的運用を行うべき対象であることを否定することはできず、これと趣旨を異にする原処分は取消しを免れ得ないと裁決されました。

 

 

健保法による療養の給付等について弾力的運用を行うことによって、健康保険、労災保険のいずれからも療養の給付を受けられないといういわゆる谷間問題を解決する措置があるんですね。試験勉強だと、どうしても「被保険者が5人未満である事業所」などど機械的に暗記してそれでお仕舞ということになりがちなので、注意しないといけないなと思いました。