読書シリーズの第二弾です。今回は島崎藤村の「夜明け前」を読んでいましたが、第一部を読み終えたところで中断していました。中だるみしてしまい、第二部へ取り掛かる気持ちが薄れていたのですが、ここで挫折してしまうと第一部を読んだ努力が無駄になってしまいますので、気合を入れ直して最後まで読み終えようと思います。

 この本の出版は昭和48年となっていました。全体的に日焼けして変色してはいますが、その度合いは若干の程度なので読むのに問題はありません。どうやら誰も一度も読んでいないようです。この本は出版されてから今までどのような変遷を辿って来たのか想像もできませんが、誰かに一度は読まれたほうがこの本にとっても幸せではないかとも思うのです。

 古典・名作の類はフリーの電子書籍として公開されていて手軽に読めるような時代になりましたが、それでも、自分が小さな子供の頃に出版された昭和の書籍を、肌触りを楽しみながら頁をめくって読んで行くのもまたよろしいのではないでしょうか。

 

夜明け前 (第2部 下) (新潮文庫)/新潮社
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2-9-4 「正香の逗留」

半蔵は日ごろの無沙汰の詫びから始めて、多事な街道と村方の世話に今日まであくせくとした月日を送って来たことを正香に語りました。半蔵の継母が孫たちを連れてそこへ挨拶に来たので、しばらく二人の話は途切れました。

半蔵は先輩に酒をすすめながら、旧庄屋の職を失うまでの自分の苦い経験を、山林事件のあらましを語り出しました。

「一の山林事件は、百の山林事件さ」 

と正香は半蔵の語ることを聞いた後で、嘆息するように言いました。

「奥さん、お宅の皆さんにしみじみお目にかかるのは、今度が初めてです。好いお嬢さんもおありなさる」

お民は自分の娘のことを客の方から言い出されたうれしさに、

「お蔭さまで、あれも近いうちに伊那の方へ縁づくことになりました」

と言って見せました。

酒の酔いが廻るにつれて、正香は日ごろ愛誦する杜詩でも読んで見たいと言い出し、半蔵がそこへ取り出して来た幾冊かの和本の集註を手に取って見ました。そして、杜詩の一つを静かに声を出して読みました。しかし途中まで読みかけて、その先を読めませんでした。同じくだりを繰り返し半蔵に読み聞かせるうちに、熱い涙がその男らしい頬を伝って止め度もなく流れ落ちました。

 

2-9-5 「平田一門」

正香は一晩しか半蔵の家に逗留しませんでした。

「青山君、わたしも賀茂の方へ行って、深い溜息でもついて来ますよ」

との言葉を残して、翌朝早く正香は馬籠を立とうとしていました。半蔵はじめ、お民、お粂から下男の佐吉まで門の外に出て馬上の正香を見送りました。

正香も行ってしまいました。その時になって見ると、先師歿後の門人が全国で四千人にも達した明治元年あたりを平田派全盛時代の頂点とすると、伊那の谷あたりの最も篤胤研究のさかんであった地方では、あの年の平田入門者なるものは一年間百二十人の多くに上ったが、明治三年にはガタ落ちしました。

今は師も老い、正香のような先輩ですら余生を賀茂の方に送ろうとしています。そういう半蔵が、同門の友人仲間でも、香蔵は病み、恵蔵は隠れました。これには半蔵も腕を組んでしまいました。

 

2-9-6 「新調の晴着」

王政第六の秋立つころを迎えながら、山里へは新時代の来ることも遅く、木曽川上流の沿岸から奥地へかけての多数の住民は山にも頼まれませんでした。世は革新の声で満たされている中で、半蔵が踏み出して見た世界の実際すらこの通り薄暗いのでした。

九月に入ると、お粂が結婚の支度のことについて、南殿村の稲葉の家の方からはすでにいろいろと打合せがありました。

「お粂、好い晴着が出来ましたよ、どれ、お父さんにもお目にかけて」

お民は娘のために新調した結婚の衣装を家の女衆に見せて、よろこんでもらおうとしたばかりでなく、それを店座敷にまで抱きかかえて行って、夫のいる部屋の襖に掛けて見せました。しかし、これほどお民の母親らしい心づかいから出来た新調の晴着も、さほど娘を楽しませんでした。結婚の日取りが近づけば近づくほど、ほとほとお粂は「笑い」を失いました。

 

2-9-7 「お粂の自害未遂」

「お民、お粂の吾家にいるのも、もうわずかになったね」

と半蔵が竹箒を手にしながら言いました。何と言っても、娘を無事に送り出すまでの親たちの心づかいも、容易ではありませんでした。お民の方でもそれは看て取りました。彼女は山林事件当時の夫に懲りていました。

九月四日は西が吹いて、風当りの強いこの峠の上を通り過ぎました。その晩は最早宵から月のあるころではありませんでした。店座敷の障子にあの松の影の映って見えたころは、毎晩のようにお粂もよく裏庭の方へ歩きに出て、月の光のさし入った木の下なぞをあちこちあちこちと彷徨いました。お民は嫁入り前のからだに風でも引かせてはとの心配から、土間にある庭下駄もそこそこに娘を呼び戻しに出ました。

その翌日も青山に家のものは事のない一日を送りました。夕飯後のことでした。下男の佐吉は忘れ物をしたと言って、囲炉裏ばたを離れたぎり容易に帰って来ません。そのうちに引き返して来て、彼が閉めておいたはずの土蔵の戸が閉まっていないことを半蔵にもお民にも告げました。見ると、お粂がいません。それから家のものが騒ぎ出して、半蔵と佐吉と提灯つけながら土蔵の方へ急ぎました。暗い土蔵の二階、二つ並べた古い長持の側に倒れていたのは他のものでもなく自害を企てた娘お粂がそこに見出されたのでした。

 

 

まさかお粂が自殺未遂をしてしまうとは、驚きました。山林事件の問題で、半蔵は戸長を免職されてしまうし、悪いことが続くというのはこういうことなのでしょうか。山林事件から戸長免職、そしてその影響でお粂も自殺未遂と、悪いことは連鎖して起こるのが常なのかも知れません。

 

 


 
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